「夢の森幼稚園」は学校法人 柿の実学園が運営する幼稚園です

学校法人 柿の実学園が運営する幼稚園

学園長先生からのメッセージ

学園長先生からのメッセージ 9月号 ▲上へ
『カブトムシ君とみのり組』

 夏の自然探検村で遊んできた子どもたち、手に生き生きした黒い物を得意げに見せてくれました。なんと大きなカブトムシ、満面の笑顔でした。子どもたちが発見し採る、素晴らしい体験です。ここで「カブトムシ君とみのり組」をご紹介します。
 私の家内は隣の「はじめの一歩保育園」の園長先生、家での会話は勿論大半は幼児教育です。毎月、園便りの原稿を渡しては「どう?」と聞かれます。「いいんじゃない」、その答えは不満らしい、少し何かを添えることにしている。今回の巻頭言はお隣の保育園の便りの一部です。こんな保育の展開が出来たらいいなあ、写真が一杯ですが、想像してください。 

       
「カブトムシ君とみのり組」
近隣の農家の方に頂き物をしました。「畑のカゴの中に、まんじゅう虫がいっぱい入っているから、欲しかったら持って行ってもいいよ。」と声を掛けていただきました。園長は、これは子どもたちへの生きた教材と思い、早速頂きに行きました。みのり組に声を掛けてみると、「そだててみる!」といってくれ、カブトムシ君とみのり組物語が始まりました。まずは、カゴの腐葉土の中にはまんじゅう虫?が、たくさんいました。子どもたちは軍手をし、手のひらに乗せて観察です。写生をしました。どうもカブトムシの幼虫ようです。丁度大きめの水槽があったのでその中で飼うことになり、玄関先に置き、皆にも見て貰うことにしました。5月の連休を過ぎ、梅雨の長雨の時期も過ぎ、夏になりました。何の変化もありません。他のクラスに分けたケースからはカブトムシの誕生。みのり組の幼虫は自分たちの蛹室が確保できず命を落としてしまったのか、・・心配していた担任。・・ある日、ついにカブトムシになって出てきました。その、感動!嬉しい!なんと34回の「嬉しい!」になりました。幼虫のすべてが成虫に、感動のプレゼント。早速飼育ケースから出して写生の始まりです。ケースには元気で大きいカブトムシがいっぱい。あら、よく見るとメスが怖がっている、なんとオスが28匹、メスが6匹。それでは人気どころか奪い合い。オス同士の戦いが始まり体を傷つけ合っています。「山に逃がしてあげようよ!」との、子どもたちの声が聞こえてきました。男の子も女の子も素手でみんながカブトムシを持っています。柿の実自然探検村まで、カブトムシと仲良くしながら歩いています。肩に乗せたり手のひらに乗せたり、そして、自然探検村の大木に目を向け、樹液のありそうな所に留まらせてあげていました。その姿をじっと見つめる。 カブトムシとの出会いは貴重な体験。まんじゅう虫をくださったおじさんに、絵を描き、お礼の手紙を届けました。とっても喜んでくれました。そのおじさんは、園長が幼い頃、一緒に遊んでもらったお兄さん。50年前に昔に花が咲きました。子どもたちの教材になりそうなものがあったら、また是非よろしく。(おじさんは、余りに嬉しく新聞に投稿し写真付きの楽しい記事になりました。)

 

通信写真

学園長先生からのメッセージ 夏休み号 ▲上へ
『今日もお仕事がんばってね!』

 6時、朝早くから職員室、書類の整理がたくさん、充実した朝を迎えます。7時になると早朝の預かりの園児がやってきます。早速、奥の私の机に挨拶と握手をしに来ます。そこから園長の仕事にスイッチが入ります。すると、足早に外に顔を出して「今日もお仕事がんばってね!」、毎日のように声を掛けます。お父さんの声が聞こえて来ます。「うん、頑張るね。」またまた今日一日の頑張る力を得ます。子どもに力を得ます。ありがとう。
 お父さん、お母さん、子どもたちのために頑張っていること、子どもたちはよく解っています。わがまま言ったり、甘えたりする、それも子どもたちの特権だし、それが出来るから大きく大きく育っている、のびのび大きくなっていきます。柿の実ホールの壁に100枚の絵が飾られていますが、どの絵も子どもの顔を描いた絵です。みんな違います。笑っている、泣いている、怒っている、すましている、得意がっている、困っている、悲しんでいる・・・、どの顔も素敵です。絵のタイトルは「みんなみんなたからもの」です。名ある画家に、100枚の絵が「一つの絵画」だと思って描いてくれるように頼んだものです。どの子もどの表情も、「みんなみんなたからもの」です。子どもたちはみんな、お父さんお母さんをよく自慢します。それを聞くだけで嬉しくなります。
 いよいよ夏休み、子どもたちは待ちに待った夏休み。忙しい毎日、仕事・家事にと大変です。どこかで一緒にお風呂に入ったり、食事をしたり、外に出かけたり、じゃれたり、遊んだり・・・、1回でも良い、子どもには本当に思い出になります。子どもたちはよく思い出で育つとも言われます。思い出が多ければ多いほど、何かの壁にぶつかった時、乗り越える力は大きいとも言われます。出かける時間が無いなら、出かける場所が無いなら、柿の実学園の自然の中に遊びに来てください。弁当を持ってハイキングの思いで来てください。  今は少々涼しさを感じますが、きっと暑くなるでしょう、家族健康で、にこやかな日がたくさんありますように。

 


2019年7月号   ▲上へ
『今日もお仕事がんばってね!』

 6時、朝早くから職員室、書類の整理がたくさん、充実した朝を迎えます。7時になると早朝の預かりの園児がやってきます。早速、奥の私の机に挨拶と握手をしに来ます。そこから園長の仕事にスイッチが入ります。すると、足早に外に顔を出して「今日もお仕事がんばってね!」、毎日のように声を掛けます。お父さんの声が聞こえて来ます。「うん、頑張るね。」またまた今日一日の頑張る力を得ます。子どもに力を得ます。ありがとう。
 お父さん、お母さん、子どもたちのために頑張っていること、子どもたちはよく解っています。わがまま言ったり、甘えたりする、それも子どもたちの特権だし、それが出来るから大きく大きく育っている、のびのび大きくなっていきます。柿の実ホールの壁に100枚の絵が飾られていますが、どの絵も子どもの顔を描いた絵です。みんな違います。笑っている、泣いている、怒っている、すましている、得意がっている、困っている、悲しんでいる・・・、どの顔も素敵です。絵のタイトルは「みんなみんなたからもの」です。名ある画家に、100枚の絵が「一つの絵画」だと思って描いてくれるように頼んだものです。どの子もどの表情も、「みんなみんなたからもの」です。子どもたちはみんな、お父さんお母さんをよく自慢します。それを聞くだけで嬉しくなります。
 いよいよ夏休み、子どもたちは待ちに待った夏休み。忙しい毎日、仕事・家事にと大変です。どこかで一緒にお風呂に入ったり、食事をしたり、外に出かけたり、じゃれたり、遊んだり・・・、1回でも良い、子どもには本当に思い出になります。子どもたちはよく思い出で育つとも言われます。思い出が多ければ多いほど、何かの壁にぶつかった時、乗り越える力は大きいとも言われます。出かける時間が無いなら、出かける場所が無いなら、柿の実学園の自然の中に遊びに来てください。弁当を持ってハイキングの思いで来てください。  今は少々涼しさを感じますが、きっと暑くなるでしょう、家族健康で、にこやかな日がたくさんありますように。

2019年7月号   ▲上へ
『枯れ葉かな、いや違う、何だ!』

 子どもたちに見てもらおうと思って、大好きなジャガイモの「根っこから実、種芋、茎、みんな繋がっている様」がそのまま残っているように、男性の先生に掘ってもらった。ジャガイモが大好きなのは、その美味しさは勿論だが、「種芋が自分そのものをしわくちゃになるまで、身を粉にして育てる」その姿に惹かれるからです。小学生の時、その種芋の変わり果てた姿に感動したのを忘れられません。この日も、その種芋を探しました。ない、消えてしまったのか、落としてしまったのか、えっ、よく見るとありました。「枯れ葉かな、いや違う、何だ!」そこに枯れ葉のように薄く、透き通って丸の形をした物、ありました、種芋です。凄いですよね。
 どんな種も、どんな実も、苗も、種芋も、その種の繁栄、存続の営みとはいえ、その不思議さと計り知れない力に「神、いや想像を絶する力ある存在」を感じます。植物も、生物も、木々も、動物も必死で子育てをしているのかも知れません。私たち「人」も、負けないぐらい、いや表現できないぐらい努力と苦労を重ねながら、毎日毎日子育てに精進しています。また自分の「人」として、「生きる」「学ぶ」「働く」「楽しむ」「喜ぶ」「育てる」「信じる」・・・、意志、感情、願い、祈り、そして欲など、たくさんの思いを抱えて必死に生きています。それだけで素晴らしい、たくさんの方々に褒められ認められても足りないぐらいです。なのに、なぜか「まだまだ」と思う真面目な「人」、また一方で「何をしている、どんな子育てをしてきたのか」と、人批判をする方々もたくさんいます。「枯れ葉かな」、そこまでは身を粉にしてはいなくても、まず認めて貰って受け入れられ、時には助けられまたは助ける、ささいな「存在感・存在価値」を感じたいものです。暑くなりました。蒸し暑くもなりました。疲れは増します。子どもも、大人も。疲れると、ついつい声が荒っぽくなりがち、悪く悪くとらえがちです。「のんびり」「楽しむ」「ありがとう」を大切に過ごしたい。子どもを、周りの人をよく見ることから、すると褒めることが一杯に。褒めることがなかなか出ないなら、誰にでも、何事にも「ありがとう!」、言葉にする、またつぶやいたらいいのかも知れない。私も「ありがとう!」の一日、一日にしたい。

2019年6月号   ▲上へ
『うん、やはりいいもんだ』

 幼い時のたくさんの思い出が今の自分を支えている、最近特にそう思う。幼児教育においては、「行事は思い出教育」、だから楽しさいっぱいにしてあげたい。私の一番の嬉しかった思い出は、運動会のお昼に家族みんなでご馳走を食べたことです。学校の教師をしていた父も、同じ学校の先生でしたが、昼は一緒に食べたことが本当に嬉しかった。なのに、自分の娘も息子も、その孫たちみんな入園・卒園・入学・卒業・発表会・参観・面談など、一度も行ってあげなかった。仕事・・仕事。勿論、運動会で一緒にご馳走を囲むことはなかった。今年度は、たくさん招待された学校の運動会を教職員に頼んで見に行ってもらい、孫の走ったりする姿等を開会式から閉会式まで見ることに・・・。ご馳走を囲ったのでした。「うん、やはりいいもんだ」。「これがしあわせなのか」。本当に嬉しかった。娘も息子も何とか一人前になったかなとは思っても、父親としては本当に「0点」だったな。申し訳ない。今年になって、あちこちの小学校、中学校の運動会では「時短」と称して、半日で終わったり、お昼は別々で子どもたちは教室で食べるとか・・・。私の小学校時代の最高の思い出の一つ、「運動会のお昼のご馳走を囲む幸せ」、その体験がなくなってはいかがかな、そう思って今回は一緒に食べることにしたのです。「うん、やはりいいもんだ」。娘、孫たちの顔は輝いていました。家族で食卓を囲む、良いですね。
 一年中、柿の実幼稚園の裏山や野原、園庭等を開放していますが、本当に大勢の家族が遊びにやって来ます。玄関横に掛けてある「子どもが育つ魔法の言葉」に、見入っている姿を見かけます。ご紹介します。何度読んでもうなづけます。

 「けなされて育つと、子どもは人をけなすようになる。とげとげした家庭で育つと、子どもは乱暴になる。不安な気持ちで育てると、子どもは不安になる。かわいそうな子だ、といって育てると、子どもはみじめな気持ちになる。子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる。親が他人を羨んでばかりいると、子どもは人を羨むようになる。叱りつけてばかりいると、子どもは自分は悪い子なんだと思ってしまう。励ましてあげれば、子どもは自信を持つようになる。広い心で接すれば、切れる子にはならない。褒めてあげれば、子どもは明るい子に育つ。愛してあげれば、子どもは人を愛することを学ぶ。認めてあげれば、子どもは自分が好きになる。見つめてあげれば、子どもは頑張り屋になる。分かち合うことを教えれば、子どもは思いやりを学ぶ。親が正直であれば、子どもは正直であることの大切さを知る。子どもに公平であれば、子どもは正義感のある子に育つ。やさしく思いやりをもって育てれば、子どもはやさしい子に育つ。守ってあげれば、子どもは強い子に育つ。和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中は良いところだと思えるようになる。   ドロシー・ロー・ノルト

2019年5月号   ▲上へ
『踊り子草を手にして』

 踊り子草を手にしてバスを降りてくる、次の日も、その次の日も。いろんなことを思い浮かべました。その子のお母さんは、踊り子草を知っているのだな。初めて行く幼稚園、本当は悲しいのにけなげにバスに乗り込む我が子への気持ちの応援だぞ。あの子は大好きなお母さんからのプレゼントとして大事に手にしているのかな。きっと優しいお母さんだろうな。今日もにこにこで来た、明日もにこにこだろうな。そのバス停は畑のそばなのかな、空き地かな、春の芽生えの盛んな路地かな。踊り子草を選んで渡すお母さん、どんな方かな。  いろんな物を手にして登園してくる子どもたちがたくさんいます。どの子も穏やかな顔をしている。春なのに鮮やかな紅葉の葉っぱ、木の枝、木の実、石ころ、花びら。庭先で育てた花の花束、先生へのプレゼント、お部屋に飾ってとのプレゼントかな。勿論可愛いマスコット、ぬいぐるみ、園のルールでは持ってきてはいけないけど、そっと持たせてこどもの気を紛らわせるお母さんのあたたかい思いも感じます。大丈夫になったら、「行って来ます」に変わります。  踊り子草は、そこらの何処にでも生えてくる、ほぼかたまって広がる雑草です。畑の草抜きには楽に抜けるけど、その数は半端ではない。その葉の色具合は、裏は濃い紫、表は濃い緑色、けどなぜかそのものは薄い色に映る。可愛いバレリーナが踊り回るような形をした雑草です。回るように見えるので、濃いのが薄く映るのだろうか。ネーミングが素敵で大好きな雑草の1つです。群生している雑草でも、もの凄い数の可愛いバレリーナが華麗に舞う光景をいつも想像しています。なのに、引き抜いていく自分がいる、それがまたなにか不思議でならない。今日は「踊り子草」ばかりで申し訳ないです。ネーミングした方は一体誰だろう。素敵な感性、そこらの雑草にまた素敵な名前を付けてくれたのか。感動したことを思い出しました。もうひとつ、「踊り子草」の素敵な所は、花なのか何なのか素人の私には分かりませんが、本当に本当に小さな、よく見ないと分らない紫のような花があるような気がします。畑に行って確かめれば分ることでしょうけど、どんな物も自分に見えるように感じたことを自分のものにしまい込んでいます。研究者でもなく、専門家でもない立場で「おどりこそう」を語ってしまいました。10連休がやって来ます。「令和」が始まります。万葉集から引用したとのこと、私の兄の名は「万葉」ですので、大好きになりました。子どもたちに会えないのは辛いけど、家族でのんびりした休みとなると良いですね。勿論楽しいこともあると良いですね。連休明け、お会いできるのを楽しみにしています。

2019年4月号   ▲上へ
『春が来る・・・春が来た』

 本当に春がやって来ました。すべてのことに初心に戻って誠心誠意に全力でぶつかる年にしたいと思って、4月1日を待っていました。その思いを強めるきっかけになればと思い、桜満開に咲き乱れる裏の庭で「花見」と称される「山遊び」をしたくなりました。相当昔から、日本中のあちこちで食べ物を箱に詰め、ひとときを楽しみ、一年の無事と頑張りの成果を願っていたようです。山のどこかに花咲く「山桜」を探し、また風景が素敵な丘にあがり村人たちが食を共にし、村の平和を祈ったとも言われます。今は山桜に変わり、私たちの周りにはたくさんの、また色々な桜が本当に満開です。そうした伝統山遊びが「花見」として定着したに違いない。3月になると「早く春よこい」、の気持ちになっていたので、みんなで「花見」をと思っていました。
久し振りに裏山でバーベキューをしながら花見を楽しみ、親睦をはかり新人を歓迎し、気持ちを一つにして「なかよく」頑張っていきたいと思い、朝早く市場に買い出し、楽しんでもらうのも上に立つ立場の務めと思い、わくわくしています。また、今年度も幼稚園の子どもたちの「山遊び」では、幼稚園では学べない感性、体感、自然、生きる力と生きている実感を学んでもらいたい。子どもたちには一年を通して山の、自然の、それに添った遊びを展開していってほしいものです。
さて、「平成」から「令和」になりました。「昭和」に生まれた私には、「和」「平和」に「令」、まさに私の初心の心情が込められていていて、感極まりました。「春が来る・・・春が来た」の心境です。一人ひとりがそれぞれの夢を追い、素敵に花咲く色鮮やかな先が見えるようで気持ちが前向きになりました。新入園児を迎え、新しい先生を迎え、新たな決意の元、頑張ります。
「令和」を、手話で表現すると、「つぼみが静かに膨らんでいく」ようにまろやかに手を動かすようです。まさに幼児教育に携わる者にとっては、ありがたい年号です。子どもたちとの関わりのなかで、子どもたちの中に芽生えた「つぼみ」が膨らんでいく手伝いができれば嬉しいです。
保護者の皆さんが育てたつぼみ、たくさんあることでしょう。素敵なつぼみを膨らませてあげたい。膨らんだ後の最後の「花開く、花を咲かせるのは本人の努力」、そのことにも気付き、度量出来る力も芽生えさせてあげたい。

2019年4月号   ▲上へ
『春が来る・・・春が来た』

 本当に春がやって来ました。すべてのことに初心に戻って誠心誠意に全力でぶつかる年にしたいと思って、4月1日を待っていました。その思いを強めるきっかけになればと思い、桜満開に咲き乱れる裏の庭で「花見」と称される「山遊び」をしたくなりました。相当昔から、日本中のあちこちで食べ物を箱に詰め、ひとときを楽しみ、一年の無事と頑張りの成果を願っていたようです。山のどこかに花咲く「山桜」を探し、また風景が素敵な丘にあがり村人たちが食を共にし、村の平和を祈ったとも言われます。今は山桜に変わり、私たちの周りにはたくさんの、また色々な桜が本当に満開です。そうした伝統山遊びが「花見」として定着したに違いない。3月になると「早く春よこい」、の気持ちになっていたので、みんなで「花見」をと思っていました。
久し振りに裏山でバーベキューをしながら花見を楽しみ、親睦をはかり新人を歓迎し、気持ちを一つにして「なかよく」頑張っていきたいと思い、朝早く市場に買い出し、楽しんでもらうのも上に立つ立場の務めと思い、わくわくしています。また、今年度も幼稚園の子どもたちの「山遊び」では、幼稚園では学べない感性、体感、自然、生きる力と生きている実感を学んでもらいたい。子どもたちには一年を通して山の、自然の、それに添った遊びを展開していってほしいものです。
さて、「平成」から「令和」になりました。「昭和」に生まれた私には、「和」「平和」に「令」、まさに私の初心の心情が込められていていて、感極まりました。「春が来る・・・春が来た」の心境です。一人ひとりがそれぞれの夢を追い、素敵に花咲く色鮮やかな先が見えるようで気持ちが前向きになりました。新入園児を迎え、新しい先生を迎え、新たな決意の元、頑張ります。
「令和」を、手話で表現すると、「つぼみが静かに膨らんでいく」ようにまろやかに手を動かすようです。まさに幼児教育に携わる者にとっては、ありがたい年号です。子どもたちとの関わりのなかで、子どもたちの中に芽生えた「つぼみ」が膨らんでいく手伝いができれば嬉しいです。
保護者の皆さんが育てたつぼみ、たくさんあることでしょう。素敵なつぼみを膨らませてあげたい。膨らんだ後の最後の「花開く、花を咲かせるのは本人の努力」、そのことにも気付き、度量出来る力も芽生えさせてあげたい。

2019年修了号   ▲上へ
『春が来る』

今年度も最後になりました。人生で家族以外の大人と出会った最初の幼稚園の先生、自由がきかないこともある同年代との出会い、先生と友だちと一年間過ごしてきて大きく大きく育ちました。そして、もう春が来ました。「春!」、卒園式の定番の子どもたちの台詞、本当に響きが何とも言えません。次への期待、新しい出会い、また自然界も新芽が出、花が咲き始めていく光景は本当に美しいものがあります。これまでの努力、苦労、頑張りも、当然その春に表れている気がします。「今までの頑張りが実った」「今までの緻密な苦労や気遣いが花開いた」瞬間かも知れない。 「見えないものが見える、聞こえないものが聞こえる、感じられないものが感じられる」、このことを教育目標としてきました。人への(友だち・家族・子どもたち・同僚・近所)温かさ、物への温かさ、自然への温かさを、子どもたちには話す機会があれば常に意識していたことです。勿論、教職員には「あたたかさ」あっての「厳しさ」、威圧的な言葉では誰も動かない、そこに先生の温かさを感じたときに心が動く、常に「あたたかく」を心がけたに違いない。家族で育つものもたくさん、同年代との様々な学びもたくさん、初めて出会った先生との触れあいでの学びもたくさん、本当に大きく育ちました。年長さんは小学生です。もう立派な一年生です。おめでとうございます。自信を持ち、自分に恥じない歩みを、一歩一歩確かなものにしてください。 またそこには春が来ます。新しい先生、新しいお友だちに出会う楽しみ、わくわくしてください。勿論別れもあります。先生たちはクラスは違ってももういつまでも先生です。 退職なされる先生に感謝するとともに、就職してくる先生方にも感謝と期待と共に「春が来る」のを待ちたいと思います。 卒園する年長さん、いつまでも応援しています。ふるさとは幼稚園です

2019年3月号   ▲上へ
『わたしとあなたのものがたり』

  もう1年が過ぎようとしています。初めての幼稚園、初めての先生、また違う先生との出会い、新しいクラス、楽しく過ごしいっぱい遊んだ、学んだ1年でした。これからは今までの「ありがとう」、「たすかりました」、「なかよしになれたね」、1つ1つを大切に温め、次の大きなステップにしていく時かも知れません。
 教職員には、20人との、30人との思い出を膨らませるのも素晴らしい、けどその前に、この子と私の、1人と1人の「1対1」の出会いと思い出の物語を、20組、30組を温めて、温かい物語の花束にしていく時、素晴らしい20人の、30人の思い出になると伝えています。
 大きくなった、友だちもたくさん出来た、笑顔が眩しくなった、友だちを先生を家族をいたわるようになった・・・。家族以外の初めての大人、「先生」という立場の人との関わり、同年代との様々な学び、いざこざ、楽しさ、どれをとっても大きな成長に繋がったに違いない。大人の私たちも、たくさんの方々と出会い1人1人との物語の花束を作り上げてきた。しまっていたい花束もあるに違いない。けどどれもどれもが今の私を飾ってきた花束、花束1つ1つは違うから、いろんな味のある良さを誰もが醸し出している。「みんな違ってみんないい」、先生たちにはみんな「たから」です。宝物はいつまでも大切にします。子どもたちのことは忘れるわけはありません。
 家族以外の大人に初めて出会ったのが先生とすれば、「お母さん大好き」、「お父さん大好き」、「おじいちゃん・おばあちゃん大好き」に加わるとすれば、きっと「先生大好き」のフレーズ、そうに違いない。
 小学6年生の時のことを思い出します。担任の大好きな先生が、悪い大人の2人に取り囲まれてからかわれていたので、強そうな男性2人に、頭から突っ込み先生を助けよう守ろうとしたことを思い出します。本気で向かっていく私を見て、2人は「生意気だな」と言って去りました。先生は泣いておびえていたのを覚えています。今でも机の引き出しには先生の写真が入っています。大好きだったし、先生になろうと思った憧れでもありました。写真は、ソフトボールの試合で打席に入り打っているところを見守っているものです。15年程前にテレビの全国放送された際にも、幼い時の写真として映ったものです。教え子の1人として、先生はいつまでも「支えてくれる」存在です。卒業してから会ったことはないが、私にはいつまでも先生です。

 

通信写真

2019年2月号   ▲上へ
『一夜にして雪景色』

 幼稚園、こども園、保育園、形態は違っても大切な幼児教育、40年前に高校教師からの転職、必死に幼児教育に浸ろう、全国の名ある幼稚園を片っ端から見学し、その理念や教育環境を拝見させていただいたが、ここ20年来は逆の立場になり、来園者との話からお互い学び合う機会が多々あります。最近これでいいのか、初心に戻り、幼児教育への思いを熱くしてもっともっと深めなくては・・・・、そう思い、週末に上の3つの形態の幼児教育を実践している施設を見学に行って来ました。隅から隅まで行き届いたその環境、保護者の育児支援へのきめ細やかな配慮、教職員の立ち居振る舞いにたくさん学ばされました。まだまだ足りないものが見えてきました。玄関ロビーでの保護者同士の語らい、くつろぐ空間、園庭の設計が子どもたちの遊び心をくすぐるような・・・、学ぶ機会を感謝するばかりでした。  北陸の青々とした山々、のどかに広がる田園風景に癒やされながらの電車の中、今年はまだ雪が降ってない、話題の1つが明日降るかとのこと、青々とした景色に癒やされた私には、翌朝の真っ白な雪景色も最高でした。「一夜にして雪景色」、その感動も体験しました。  帰れるだろうか、もう少し別な施設でも見学したいところでしたが、帰ることが気になりました。予定を早め駅に向かうとびっくりしたことがありました。雪国では当たり前の光景でしょうが、そのローカル駅で目にしたものは、駅の両サイドのスプリンクラーの稼働とその湯気の幻想的な光景でした。両サイドに永遠と続くかのような光景、電車を動かすようにと、会社の努力がもの凄いことにびっくり。雪国には当たり前の光景、当然かのような同行者の一言は、また新鮮でした。幼稚園では果たしてそこまでの配慮、対応をしているだろうか、考え込みました。施設、教職員、環境、安全、衛生、子どもたちの意欲、学び、成長、楽しさ、好奇心等、もっともっと考慮していきたい。その努力には終わりがないように努めようと考えてしまった、「一夜にして雪景色の」鉄道会社の当たり前のような凄い努力を見させていただきました。  子どもたちも喜ぶ雪、いつ降るか、まだまだ続く寒さ、インフルエンザが猛威を振るっている。幼稚園ではそうでもないが、いつ来るかは「一夜にして雪景色」のごとく、一夜にしてあり得ることです。油断せず、また外での元気な子どもたちの遊びの展開をも大切にしたい。

 

2019年1月号   ▲上へ
『オオカミとヤギは親友になれた。ヒトとヒトは、どうですか?』

「ハハハ、わたしたち、ほんとに よく にてますね。」 「へへへ、ほんと、まっくらで おたがいの かおも みえないっすけど、じつは かおまで にてたりして。」
 
「あらしのよるに」(講談社)の新聞広告に次の新年のメッセージがありました。真の「あったかさ」が本当に大切で、家庭で、兄弟で、職場で、教育の場で、社会で、全世界で必要とされ求められている今、そののメッセージには目が留まりました。

食うものと、食われるもの。外見、住む場所、何もかも違う。
決して相容れない両者が、まっくらな嵐の夜に出会い、
種族の枠を超えて、深い友情で結ばれる物語、
そのきっかけはお互いの思い込みを捨てること。
まっしろな心で相手と向き合うことだった・・・・・・。
人間同士が仲良く暮らすには? この世界がいつまでも幸せに続くには?
あたりまえだけど、大人がつい忘れてしまう大切なことを教えてくれる。
新しい自分に出会いませんか。
愛はきっと、本で育つ。

 

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。平成最後の年と言われる年、これまでに深く感謝するとともに、新しい自分、新しい幼児教育、新たに挑戦したくなりました。そのキーワードは、やはり「あたたかさ」です。永遠に変わらぬ常に求め続けるものが「あたたかさ」です。こどもたちが、家庭が、教職員が、保護者の皆さんが、学びあい、刺激し合い、共に大きな「あたたかさ」に取り囲まれたらと願っています。

今年は、新たに「図書館」「美術館」「農場」建設に取り組みたい。稲城・小野路・玉川学園に教育グループの共同施設造りを。こどもたちが本に、食農食育に、造形に、また遊び場に活用していけたらと思っています。柿の実自然探検村の整備作業も終わり、開村となります。活気ある、楽しい、仲良しの育ちあう幼稚園、がんばりましょう。

 

2018年冬休み号   ▲上へ
『がんばってね! ありがとう!』

 おもちつき、クリスマス会を楽しんだ子どもたちも、そして1年を楽しく、時には必死に悩み歩いて来た、走ってきた大人たちも、また新たな年を迎えようと気持ちを引き締めている。「ありがとう」溢れる1年でした。ありがとう、まだ言えてないたくさんの方々、たくさんの心遣い、たくさんの頑張りに、「ありがとう」の足りない分は「素敵なサンタさん」にお願いするしかありません。みなさんのあちこちで「ありがとう」の贈り物が届きますように。
 「がんばってね!ありがとう!」、この会話は数え切れない程繰り返されます。駅から降りると、「園長先生がんばってね!」と、手を振ってくれる。最近特に多いのが、中学生・高校生です。多感な時期、冷めているとも思われがちなのに何度も手を振る。お店から出ても、中でも。食事にお店に入っても。そこでは、今までに2、30回は「先生、どうぞ、私の給料からです、食べてください」、大きくなった子どもたちが寄って来ます。それもまた幼稚園時代にタイムスリップ。みなさんが卒園児。私に出会って、一瞬、あの幼稚園児時代にタイムスリップしたみたいな感じです。勿論久し振りの保護者だった方にも「がんばってね!」と、声かけらます。「いつまでも子どもたちのヒーローでいてください」と、言われ恥ずかしい限りです。いつも走り続け、必死な園長に映っていたのかな、少し悩みもしました。ある大きなお祝いの会合で、ある団体の会長さんが、「小島さん、もうそろそろ門での旗振りは止めたら」、すぐ「あれは一生の仕事」と、答えてしまいました。きっともうゆっくりしたらいいよ、との語りかけだったに違いない。毎日のように門に立って、「握手と挨拶」を繰り返して来たが、まだまだこれ以降も、もう良いよと言われようが止めません。
 すべてに全力で!大好きなことに全力で取り組めるだけ幸せなことは無い、そう言い聞かせ、感謝しています。今年度も無事に終えられると思うのも、保護者の皆さん、教職員のおかげです。ありがとうございました。勿論子どもたちの屈託のない明るい笑顔、優しさ、癒やされるのは計算されない純粋な目の輝きでした。
 来年も子どもたちが寄って来、子どもたちとの関わりが出来、きゅっとされ、きゅっとし、こども大好きな園長でいたい、まだまだ関われることに感謝するばかりです。皆さんにも素敵な年となるよう願って新年を迎えたいと思います。

 

2018年12月号   ▲上へ
『子育てには終わりはないのかな』

 朝夕の冷え込みが風邪を招いたのか、体の疲労、だるさはこたえます。園長として意地でも休みは今までとったことはないが、自分のどこかで「もう休んでもいいよ」と呼びかける声みたいなものを感じる。「あっ、今日は保護者の子育てセミナーがある、挨拶に顔を出さなくては」
すぐよぎったことが「お母さん方には、子育ての休みも終わりもない」、そう思うとなぜか暖かい布団からさっと起き上がった自分に驚きました。同時に母親を思い出し、どんなにつらくても11人の子育てを最後の最後までやり遂げて天国に旅立った母親、朝から涙しました。この風邪何とかなる、今こうして巻頭言に取り組んでいる、早くしないと教職員がやって来る、焦りながらも頭から離れないフレーズ、「子育てには終わりはないのかな」でした。
 子育てに奮闘しているお母さん方に、勿論お父さん方にも「みんな頑張っているんだ、私が風邪ぐらいでへこたれてどうする」と、励まされた思いでした。お弁当を休みたいときもありますよね、洗濯を明日に伸ばしたいときもありますよね、時には食事も外でしたいですよね、「ですよね」の数は限りがないのかも知れません。本当に大変ですよね。
 昨日、長崎から保育園・こども園等の園長先生方がたくさん幼稚園見学にやって来ました。その中に小学校時代ずっと同じクラスだった女の子、52年余りの再会、同じ幼児教育の園長としての再会が楽しみでした。素敵な園長先生としての雰囲気を感じ、またまた負けたくない負けず嫌いが芽生えたのが一番、わざわざ遠くからありがとうございました。ゆっくり話せずもっと時間があったら、いろいろ幼児教育のことを語りたかった。実は先生方がタクシーから降りた時、一人の先生を私の母親を見ているような錯覚に陥り、案内しながらも気になっていました。その先生も私をちらちら見るので伺うと、なんと母の姪っ子の方らしい、あのちっちゃかったあの女の子、なぜか母親にしばらくぶりに再会した感じでした。天国からも母は、私が心配で姪っ子に「元気と励ましと叱咤」を託していた気がしました。母に会えた、母に元気をもらった、「子育てに終わりはないのかな」。お母さん大好き、甘えん坊だった、恥ずかしさ忘れて巻頭言にまで触れてしまう自分にあきれながらも、お母さんお父さん方、大変だが「子育てに終わりはないのかな」のフレーズを届けます。  本当に寒くなってきました。子育ても無理せず気楽に、けど我が子を信じ温かい眼差しは忘れないでいたいですね。

 

2018年11月号  ▲上へ
『じぃじのにおいがするね』

 幼稚園の幼い時、「赤ちゃんからおじいちゃんおばあちゃんまで、みんなが仲良く出来る町が出来ると良いなあ」、本当に田舎の小さな島に育った私にはそれが夢でした。「大きな建物を建てて100万人の人が住めると良いなあ」、非現実な夢でした。10軒余りの小さな村、どの家もどの人も家族みたいななかよしの村でした。 
 幼稚園に来園したお客さんと話していると、女の子たちが次々と背中越しに抱きつくかのように、きゅっと手を回し、「じぃじのにおいがするね」、女の子たちはにこにこの笑顔、素敵でした。家でじぃじとのあたたかい触れあう姿が浮かんできました。「じぃじ」と思われたのに、なぜか悪い気がしない、嬉しくなる、老いてきたのかそう感じてきたのか、なぜか穏やかな自分が不思議でした。幼い時に夢見た「赤子からお年寄り」までのユートピアを感じたのでしょう。 
 門に立って子どもたちと挨拶を交わし握手しているが、40年近く経っても何の変わりもない。あの握手していた子どもたちがお父さん、お母さんになって子どもたちの挨拶する姿を嬉しそうに見つめている、その目が本当に眩しいぐらい輝いている。これがもしかしたら、幼い時に夢見た「ユートピア」かなあ。幸せです。先日、一緒に野球をやっていた仲間に会いました。朝早く、一歩一歩ゆっくり歩いては止まり歩いては止まる、そして私に向かって手を振る、7月までは颯爽と自転車に乗り「えんちょうさーん」と、手を振り走り去っていたのに、声も出ないし顔もやつれた友は「園長さんの元気を貰いに来たよ」、何度も握手しました。まったく力が無いから「ぎゅっとしてくれ」と、頼んで来ました。「子どもたちとの関わりがあると良いなあ」・・、ぼそっと口にした友の言葉に、まさに幼い時のユートピアはこれだ、幼児教育に求められているのは、「触れあい」。子どもたちにもお年寄りも。一緒に野球をした、その時の監督と一緒に仕事をしていますが、78になっても本当に元気、幼稚園で頼りになる存在感ある先生です。本当に有り難い。勿論、監督も近づいて来て、一緒に「まだまだ元気で頑張ろう」と、3人で誓いました。  「じぃじのにおいがしても」じぃじと慕われ、「じぃじ」と言われても「えっ、」とびっくりされるぐらいいつまでも元気で頑張ろう

 

2018年10月号  ▲上へ
『会う人会う人の熱さに触れて』

 最近いろんな方に会う機会に恵まれ、その熱さに学び刺激を受けます。まだまだ未熟な園長として自戒と研鑽の日々の毎日だが、人に会う数だけ、励まされている。
 正直忙しい余りためらうこともあります。営業かな、と思うことも会うよう努めている、むしろ幼児教育と違う方たちから学ぶことが多い。いろんな職種、職業、立場、考え、その熱さは時間をかけるに値します。その時間が増える、幼児教育の子どもたちとの関わりだけは減らせない、当然睡眠を減らしがちです。気持ちが萎えるときもあるがまだまだ「やれるだけやろう」、思いを強くしました。土曜日、大勢の就職面接をしている時のことでした。
 40代後半の方が、1枚の写真を見せてくれました。その写真は1人の男の子がはじけるような笑顔でその先生に抱かれている写真でした。1年まったく言葉もなく、笑顔もなく、関わりを試行錯誤の毎日、その繰り返しが、その思いが伝わり、最高の笑顔で抱きついてきた時の写真。大切にしていたその写真が幼児教育への思いの原点とのこと、勿論即採用いたしました。子どもとの関わり、私の元で働きたい熱さに打たれました。恥ずかしさと同時に叱咤激励の気持ちになりました。毎日が誰かとの面接です。幼稚園の先生、保育園の保育士・調理師・栄養士・看護師・事務、150人余りを採用しますので、本当にたくさんのその熱さに触れます、感じます。子育てしながら、母親の、父親の介護をしながらでも幼児教育に、年老いても子どもたちといつまでも関わりたい、「娘の熱い思いに、お母さんの私までもっともっと頑張りたい」、勿論即採用いたしました。
 ご夫婦で勤めたい、母娘で勤めたい、学生、70代の方、熱く語る姿に幼児教育に関わろうとする方がたくさんいることに安心し、また感動もいたしました。近くの方ばかりでなく、北海道から、仙台から、新潟から、埼玉、鳥取、千葉、本当に有り難い。まだまだたくさんの方々が必要です。幼稚園の先生、保育士、看護師の方、お知り合いの方に、またご自身でも是非ご連絡頂ければ有り難いです。
 この夏よくブルーベリーが採れましたが、今度は「柿、くり、ぎんなん」がいっぱい、畑には「さつまいも」が、子どもたちに掘ってもらいたくてうずうずしています。お米も実がつまった稲穂がその刈り入れを待っています。畑にはあの小さかった
大根の種が芽を出し、よく育っています。柿の実幼稚園では「たまねぎ」にも挑戦することにしました。そうそう「すいか」の報告ですが、出来ましたが小粒のすいかの苗だったようで、「すいかわり」には無理でした。預かりのおやつ、職員のおやつになりました。みかんの実が大きくなってきています。  どの幼稚園も待ちに待った運動会です。子どもたちの真剣で、また楽しむ姿が待ち遠しい。

 

2018年9月号  ▲上へ
『自然の凄さに圧倒されながら思ったこと』

夏の間に草刈りを2回しました。僅か1ヶ月もしないのに畑が草むらに変貌している。膝を覆うほどの伸びきった野原化した畑、3日間暑い中汗だくになりながら草刈り。するとなんとなく気になる何かの生き物、いや「私は生きているんだ」といった何かの成長を感じる動き、気配。気になり横を見る、何もいない、けど感じる。なんと切ったばかりの、根元から刈られた草がもうそこから伸びようとしている、確かに伸びよう伸びようしているのを感じました。翌朝行ってみると確かに新しい黄緑の新芽が出ている。だから、2回もの草刈り。また9月には勢い増した草たちにご対面するに違いない。
 自然の凄さ、その中で野菜を育てる、果樹を育てる、大変さが身に染みる。そうした草刈りされ枯れてしまったものを集めて、せっせとブルーベリーの根元に肥料にと敷き詰めました。そのためか今年度の収穫は凄かった。何度も何度も、例年の何倍もの収穫。実も大きく、美味しかった。1粒1粒、約2時間収穫したものを柿の実幼稚園の「絵本充実資金」として、1袋100円、美味しく食べていただけただろうか。(いろんな野菜等の販売、その資金でグループの幼稚園・保育園の絵本を購入)、それが「絵本充実資金」です。柿の実、夢の森、玉川中央、保育園、今までたくさんの絵本を購入させて頂きました。
 自然の凄さ、その中で汗を流し時間をかけ、危険の中、野菜・果樹を育てたり、そして魚等の漁をしている方々に本当に感謝するばかりです。野菜や果物が大好きな私は特に感謝、感謝です。自然の凄さに圧倒されながら思ったこと、まさに子どもたちの凄さも凄いことでした。大きくなる、言葉が違ってきた、遊びの展開が・・。子どもたちの成長は本当に限りが無い。あの草刈りされた後、それでもまた伸びようとする、本当に凄い力を感じた夏休みでした。  夏期保育、門の前を渡ろうとしていた親子、お母さんと男の子、車の行き来が激しかったので、右左と、確認して渡ろうとしたその時、子どもはその判断、反応が遅れかけました。お母さんはその子の腕をつかみ、いやとっさにつねるような感じで知らせ、無事渡りました。勿論その子は大泣き、つねられたのですから相当痛かったのでしょう。身の危険を察し知らせる、また親としての体感教育にも感じました。一見きついお母さん、親の子への暴力に映るかも知れない。大泣きしていたその男の子は、お母さんを追っかけるように走って渡りました。涙を流しながらも腕でその涙を拭いてお母さんに走り寄り、くっつきスカートに手をやっていました。痛い思いをされても、大泣きしても、お母さんはお母さん、私も母親を思いだし、その光景はその1日を元気にしてくれました。

 

2018年夏休み号  ▲上へ
『かみさま、ありがとう!』

 もう夏休みがやって来ました。子どもたちは水遊び、走り回っては木陰で休み、またボールを蹴ったりしては走り回っています。子どもたちも楽しみにしている夏休み、子どもたちとしばらく会えなくなる先生たちは寂しい。また一回りも二回りも大きくなった子どもたちに会えるのを楽しみに、心も体も気力も一杯充電したいと思っています。
 「お泊まり会」、数え切れない程の思い出があります。今年度もたくさん、10回を予定していますが、楽しみにしています。7月5,6日に玉川中央幼稚園は大地沢の自然溢れる山の中で行われました。私の出番はやはり「キャンプファイヤー」、「火の神様」、「スミディー」、「ウッディ博士」に扮して火の点火、話、踊り、花火を楽しみます。今年度、もう感激することがありました。大地沢の自然、火の神様に扮して井形に点火すると、「かみさま、ありがとう!」、女の子が大きな声で声かけてくれました。私が扮しているとは分かってのことだとは思うが、けどとっさに出た純粋な歓びの叫びに思えました。扮した私は感激。キャンプファイヤーの後は、蛍が飛び交うせせらぎをゆっくり歩いたこと、最高の体験でした。小学3.4年の頃の感激以来でした。子どもたちもあの感激はいつまでも持ち続ける、最初で最後かも、けどその感激はいつまでも語り継がれるに違いない。
 柿の実はこれから。4日間のお泊まり会、踊ったり歌ったり、夜の山巡り、寝っ転がって星をじっと眺めたり、たくさんの花火を打ち上げたりと楽しみ一杯です。スイカ割りのスイカを育てようと頑張ってみました。小粒ですがたくさん育っています。夢の森は大きな竹筒で炊きあげたごはん、自分たちで竹を切り、薪で炊きあげる、本当に美味しい。いつもの森だが、いつもとはちがった森に変身する、それが「お泊まり会」。
 柿の実、夢の森で行われる「母親森の学校」、たくさんの方々の参加に楽しみにしています。子どもたち、おかあさん、先生方、一緒に食事を囲み、踊ったり歌ったり、花火、夜は子育て談議、フリートーク、あっという間に朝が来てしまいます。5日間、入れ替わりにいろんな家族との語らいが楽しみです。
 最後は教職員で親睦旅行です。経験、学年を超えての親睦、私には教職員への感謝とねぎらい、どの幼稚園の先生方も本当によく頑張ってくれます。今時あまり見られない「職員旅行」ですが、私には夏休み前の最後の「お泊まり会」です。
 違った感じで、ちょっと工夫した「お泊まり会」を家族で企画するのも楽しいですよ。自分の家でも、また出かけるのも。子どもたちの楽しい夏休みの報告が一番の楽しみです。

   

2018年7月号  ▲上へ
『大変ですね、どこからヒント』

 土曜日、朝4時半に家を出て夜中の1時の日帰りで福岡まで、幼稚園・保育園の先生方に話をさせていただく機会がありました。始発の新幹線、座るなりお隣の男性から「電源コードをよろしいですか」、開いたパソコンに、会議の資料なのか話す内容なのかびっしりと文字が画面一杯です。一方私は紙一枚を拡げたまま窓の外を眺めては時折メモを、眺めてはメモを。「大変ですね、どこからヒントを」、と私に問いかけてきました。原稿を読んだり、映像を使っての講演よりも、その時の思いをぶつけることにしているとのこと、勿論何日も何日も思い巡らせて伝えたいことをまとめている、このメモも何日も考えたこともその場の雰囲気で一変させることもある、と。また「大変ですね」、その言葉かけに元気と熱意を頂きました。園児から「お話、頑張ってね」、何人もの子どもたちから。新幹線でじっとしているとメールの音にびっくり、ある先生から「がんばれ」の言葉。勿論、思いを出し切った時間になりました。
 梅雨、雨ばかりの中、子どもたちに感心したことがあります。すごい水溜まりの中に入って、大きな風船を膨らませてその中に落とすと、もの凄い勢いで走る風船、遠くで見ていても私も楽しかった。もう一つ、横断歩道を渡って門にやって来る親子の会話。傘をさしていた男の子が、お母さんに「手をあげまーす」と、茶目っ気ににこにこして、渡って来ました。傘を大きく上に上げて渡る姿は本当に可愛かった。
 大学4年生、卒論を書きたいので意見を聞きたいと卒園児がやって来ました。しかし最初に取り出したのは、私からの絵カードメッセージでした。「覚えていますか」、ドキッ、しかしよく覚えていました。H13,7,17。約17年前の手紙を大事にとっていた、本当に感激いたしました。幼稚園に入った3歳児、その時の先生と今でも手紙の交換をしているとのこと、この4月に系列の保育園に移ったその先生の元に車で向かい、再会の場を作りました。いいですね、何年経っても先生と子どもが喜び合う姿は。しばらく時間をあげました。
 その日の門でのことです。お母さんと男の子が、遠くから走ってやって来ました。息をしながらお母さんは「もうかけっこ、負けちゃいます。」、その顔は素敵な笑顔でした。そうですね、負けるとパニックになるぐらい泣いてばかりだったあの子が、いやあの子に負けた、親にとってはこんなに嬉しいこと、どんなことでも親は子に抜かれること、そんな時大きな成長を感じます。
 入園したばかりのこどもたちももうしっかりしてきました。そしてまたいろんな子どもたちと関わり大きく大きくなっています。楽しみです。

   

2018年6月号  ▲上へ
『席を譲られました。あっ、ありがとうございます。』

 まだ若い、いつまでもそう思い続けていたい、まだまだすべてにおいて現役でいたい。同年代の知人は引退したり、世代交代、そんな報告が舞い込んできます。幼児教育には引退はない、私はそう思い込んでいる。正直ますます熱くなっている。一方体力の衰えを痛感しています。その日その日の疲れ方が身にしみる。
大好きな「地引き網」、江の島への遠足に張り切って向かう途中の出来事でした。私には少々ショックな「席を譲られる」という初の体験。教職員に席を譲られることは体験済みでしたが、見知らぬ、しかも40代後半の男性でした。一瞬びっくりして「あっ、はい、ありがとうございます」、有り難く座らせていただきました。座るなり目を閉じ、しばらく悶々とした自分に、地引き網だ、と切り替えて目を上げたら、笹川更先生と目がぱっとあってしまいました。にや、にこ、どちらか分からないような笑顔でした。道中隣に座ることになった本人に聞きました。「にこっと笑ったけど、どうして」、「席を譲られたのは初体験でショックだった」と、自分の思いを話すと、先生もそうだろうなとの思いをしたようでした。まだあんなに早く走るのに、まだまだ元気、きっと中学生、高校生などではなく、40代の男性に席を譲られた、そんな私を思いやるような素敵な笑顔でした。ありがとう、あの笑顔で楽しい遠足になりました。
3つの幼稚園の遠足が無事、そして楽しく終えることが出来ました。遠足、私も子どもの時からなぜかわくわくの楽しみでした。外での弁当、広い自然の中での開放感、授業とは違うという喜びでした。大人からの最高の贈り物だなあ、と思い込んでいました。そうだ、あと1回地引き網がある、夢の森幼稚園の秋の遠足、大好きな地引き網にお邪魔したりして、邪魔ではなく助っ人として迎えてくれたら嬉しいな。柿の実幼稚園の満三歳の遠足が延期になり、玉川中央幼稚園の遠足と重なってしまいました。子どもの国、集合場所は隣り合わせ、私にとっては大好きな両方の園児たちと楽しめると思いわくわくしていました。玉川中央幼稚園、満三歳、行ったり来たりの関わりでしたが、のんびりといっぱい楽しんでいました。子どもたちは「遠足」、本当に大好きなようです。今も昔も変わらない。びっくりしたのは、玉川中央幼稚園の年中の保護者の皆さんの親睦会、一人ひとりの自己紹介に、誰もが目を向けじっと聞き入っている、しかも子どもたちにいう「さんかくすわり」を皆さんしっかりしている、きっと子どもたちはそうした姿を見ているのでしょう、本当に話を聞く姿勢が上手です。遠足の時の毎年恒例の光景とか。
最後まで遠足のことになってしまいました。魚が美味しかったようで、女の子がお母さんから何か話したいんでしょ、と言われ、戻ってきて「めっちゃおいしかった」、この言葉にまだまだ地引き網は続けます。夢の森の園長の哲史先生、お邪魔してもいいよな。五島列島出の私には海も山も、聞くだけでわくわくします、元気の源です。

   

2018年5月号  ▲上へ
『意地を張り合っても』

 意地を張り合ってどうした、どうにもこうにもならない。意地を張ると相手も意地を張る。素直になれない自分を感じる時、必ずと言っていいほどどこかで意地を張っている。最近意地を張るのをやめようと思った瞬間、ほっと肩の力が抜けた、抜けていって気持ちが楽になり自分の気持ちがコントロール出来る、そう思う体験をしました。この年になってのちょっとした悟りみたいなもので恥ずかしい限りです。
 意地を張って良いことは本当になかった。後悔することばかりでした。一見勝ち誇ったかのように見えても心底自分の気持ちが晴れない思いを何度繰り返してきたことか。教職員にも何度となく「負けるが勝ち」と、相手の言い分をまず良く聞いて、その相手がそう思っていることを受け入れて、それから自分を振り返り改めていき、初めて良好な関係が生まれると、「負ける」は受け入れる、「勝ちは」上手くいく、そう諭してきたものの自分もなかなか出来ず、意地を張り合っていました。そんな私の言動は、一体何人の方を傷つけてきたのか、本当に申し訳ない、悔いるばかりです。イライラする時は必ずと言っていいほどどこかで意地を張っています。意地を張っている限り、その方を受け入れることはあり得ません。子どもにとって「自己主張」の大切な時期があることも事実ですが、その自己主張を受け止めてくれる保護者が、教職員が、大人がいるからその時期が成長の大切な時期かも知れません。大人になればなるほど自己主張は「勝手」と取られるようになってきます。勝手な自分が、64に近い今になって何とか気付くとは本当にまだまだです。これからも繰り返していくことが分かっていても、少し大人になった気持ちでした。
 意地を張るのをやめよう、素直になろう、肩の力を抜こう、まずそこからが第一歩かも知れない。新入園児は勿論、保護者の方で初めての幼稚園、また新年度を迎えた子どもたちみんなも、肩の力を抜こう。学生も、大人も子どもも肩の力を抜こう、勿論私も。
あちこちで「まず話そう、聞こう、許そう、学ぼう、遊ぼう」、そしたら「話してくれる、許してくれる、なるほどと聞いてくれる、遊んでくれる」、そう話すことがありますが、これからも自分への一言として大事にしたい。
 こんなまだまだの園長ですが、まだ子どもたちに関われることに感謝するばかりです。よろしくお願いいたします。

   

2018年修了号  ▲上へ
『後ずさりして遠巻きに』

 癒やされるってどんな時、気が休まるってどんな時、ほっとするってどんな時。2週間はこのことばかりを考えてきた。あたたかさ、考えに考えてもやはり「あたたかさ」でした。あたたかな人に出会ったときは、嬉しくなる。微笑ましい光景に出会うとついつい微笑んでしまう。言葉かけ一つとってもあたたかみを感じるとほっとする。そう感じるのは子どもたちは敏感でなおのこと、やはり幼稚園は暖かくありたいものです。
 厳しくする、規定道理にする、合理的にする、そうした場面に出会うとなぜか、動揺し戸惑い身構えてしまう。最近私もイライラ感が募ることが多くなり、これではいけないと自問自答してわかってきたのが、そこに「あたたかさ」が感じられないときだなあ、そう感じてしまうとにこやかさが消えてしまいがちでした。まだまだの自分が嫌になります。新入園児を迎える、あたたかいにこやかな園長でありたい、毎日が精進。
 市が尾に向かう途中によく見掛けるお年寄りのあの方を思い出すことにしている。話したこともない、勿論お名前もわからない。車を走らせていると、車椅子に乗り火ばさみやほうきを車の後ろに乗せ、自分一人で歩道の掃除、ゴミ拾いをしている光景です。たぶん電動車椅子のようですが、にこやかで穏やかで私が模したい姿です。意図的に声をかけないことにしています。ここで取り上げるのも躊躇しましたが、新年度を迎えるにあたり、「あたたかな」幼稚園をめざす決意を致しました。
 春休み、新年度の準備と昨年度のまとめに、一日50時間は欲しくなりました。「じいじ!じいじ!」の声、入って来たのは2年程前に退職した先生が赤ちゃんを連れてきたのです。先生方のお子さんを抱っこするのは本当に嬉しいもので、何とも言えません。その時気持ちがどん底でしたので本当に癒やされました。ついつい抱くというより抱きしめてしまいました。私の一日を支えてくれました。ありがとうね。保護者の皆さんにとってかけがえのない大切なお子さんを、あたたかさに包まれた幼稚園でのびのびして頂ければ有り難いです。
 「休む」、人は木のそばにたたずむとき、真の安らぎを覚えるとも言われます。これからも、森の中、森に囲まれる、自然いっぱい、田畑、その中での体験教育も大切にしたい。花々、木々の新芽は子どもたちのこれからの育ちを想像させてくれます。また新しい出会いが楽しみです。 
 池の錦鯉がよく食べてくれるようになりました。朝の日課が一つ増え、そして一番の楽しみの子どもたちとの「朝の挨拶」「握手」、楽しみいっぱいです。玉川中央幼稚園、夢の森幼稚園、柿の実幼稚園、ちびっこ安心館に笑顔と挨拶が飛び交って欲しい。
 素敵な一年になるよう頑張ります。よろしくお願いいたします。

   

2018年3月号  ▲上へ
『大人も子どもも五感を研ぎ澄まして遊び、学ぶ。』

 自然の原風景が今も残る、こんな素敵な場所が身近にある。子どもたちにもっともっと五感を研ぎ澄まして遊び、学ぶ自然の原風景を、特にここ数年前から幼児教育には必要だとも痛感していました。柿の実の裏山、夢の森自然探検村、小鳥の森広場、確かに約二万坪の自然が残る素敵な場所が身近にあっても生かしていなければ、楽しんでいなければ、「もったいない」、そう評されても仕方ない。今まで常にもやもやとした思いが私から抜けなかった。残りの人生、僅か、思い切った転機の時、そこで「大人も子どもも五感を研ぎ澄まして遊び、学ぶ。」教職員に、子どもたちに、保護者の皆さんに熱い思いを伝え続けることを決意しました。
 幼児教育には必要な畑、山・・・。そんな時、隣の方から畑や山を譲って頂く有り難い話が舞い込んできました。子どもたちばかりでなく、保護者の皆さんも、是非自然の中での遊びや憩いのひとときを満喫できる場、狭くてもあまり手を加えない、周りの文明映像が目に映りにくい空間が欲しくなりました。無理してもいい、いっぱい背伸びしてもいい、残りの人生を・・・。前にも述べたように、「食農食育」の農園をたくさん確保して、これからの子どもたちに六十代七十代、いや八十代の、熱い思いの方々が集まり安全な野菜作りを展開してみたい。
 柿の実の裏山の、反対側に広がる森、そこを「柿の実自然探検村」と呼んで、子どもも大人も自然の中で心身を開放して、生きていく糧に生かせたらなあ。子どもたちには「トムソーヤの冒険」の世界への入り口になるかも、そんな夢を描いています。三つの幼稚園の、系列の保育園の子どもたちが、保護者の皆さんが親しんでくれたらと思っています。抑えきれぬ夢、好奇心に胸がときめきます。私は気弱で非力そのもの、皆さんの一人ひとりの力を頂いて、これからの子どもたちに、幼児教育につないでいきたい。
 まずは、柿の実は裏山を、夢の森は自然探検村を、玉川中央は小鳥の森広場を、幼児教育に生かす工夫をしていくことです。その工夫あっての「自然原風景の空間」が生きてきます。
 園長のつぶやき、そう思って読んでください。
 いよいよ年度の最後の月となりました。幼稚園生活、楽しい意義あるものになるよう願うばかりです。

   

2018年2月号  ▲上へ
『打たれて惹かれて』

 面接をする、お会いする、お目にかかる。ここ2,3ヶ月の間に約230人余りにお会いして面接を致しました。保育園の保育士不足、また幼稚園の先生不足も叫ばれ心配される中、たくさんの方々に応募していただきました。採用がほぼ決まりほっとしていると、約一割の方が現在お勤め先より必死の説得によりやむなくお電話してきて、断念の意、また是非再来年にはとの、趣旨。けど次から次に就職希望者に恵まれました。旧職員の再就職もたくさん、感謝します。紹介されての「お目にかかる」、緊張しながらもわくわくしました。直接電話が入り、「お会いする」、何とも言えない緊張感がありました。新聞折り込みの求人を見て、「面接をする」、真剣でした。一人2,3時間も及ぶ方もあり、それぞれ「懸命さ」が伝わってきました。幼稚園10人、保育園140人の方が仲間入りしてくださいました。
 「打たれて惹かれて」の、この言葉を何度聞いたことか。半数以上の方が、この言葉を自分の動機として話してくれました。幼稚園の先生希望の方は皆さん新卒でしたが、「あのむぎゅっ、が忘れられない」、「よく泣く私のそばにいてくれました」、「生まれて最初にあこがれたのが、幼稚園の先生でした」、「毎日幼稚園に行くのが楽しみで、お休みなのに、いくいく、と大泣きしていた」、憧れの幼稚園に就職したい、その気持ちが本当に嬉しかった。
 今回たくさんの方の別の施設からの応募に、一年後誰もがまた一緒に仕事が出来るよう願いながら、一同に会し、美味しいケーキを食しながら談笑している一人ひとりを見回していると、みんな「素敵な先生」、安心と嬉しさが込み上げて来ました。面接の中での「打たれて惹かれて」の言葉は、結婚して、子どもを幼稚園や保育園に通わせたお母さんが、保育士を、幼稚園教諭を、取得して面接に臨む方からまたまた多く聞かれました。子育てに仕事に疲れ切っている私を支えてくれた、本当にまだ若いのに大変だろうにいつもにこにこで「行ってらっしゃい」と、送り出してくれた、「幼稚園から帰ってくると楽しかったこと、先生のこと、お友達のこと、永遠に話続ける我が子を見て、幼稚園の先生に憧れて、保育士・幼稚園教諭をとりました、年齢大丈夫ですか」、「保育園に子を預けて忍びない思いで職場に向かうとき、必ず、笑顔で手を振ってくれる、あの時のあの先生のように私も今度は手を振ってあげたい」、「私、83になります。朝晩は任せてください」、経歴見ると長年校長先生をしていらっしゃった方でした。
 たくさんの方々と共にまた幼児教育に関われることに感謝する日々でした。幼稚園の先生たちも、もう子どもたち一人ひとりが可愛くて愛おしくてたまらないようです。卒園を迎える子どもたちは、幼稚園生活もあと僅かです。いっぱい遊んでいっぱい楽しんでください。年少さんも年中さんも本当に大きくなりました。
 寒さが身に応えます。風邪引きませんように。

   

2018年1月号  ▲上へ
『切り干し大根に思いを込めて』

 明けましておめでとうございます。この冬休みは机に座り続けた毎日でしたが、朝早くドアを開け職員室に向かう前に、幾つものザルに拡げられスティック状に切られた大根が私を迎えてくれ、陽があたるようにかき混ぜたり、ザルの位置を移動してから出勤します。仕事を終え、家路に着き迎えてくれるのもまた切られた大根でした。2週間のお付き合いでしたが、お店で売られているあの「切り干し大根」にはまだまだでした。食品として私たちの食卓を楽しませてくれるには本当に手間暇がかかっていたのですね。そうした凄さに、子育て、教育の一つひとつを思い浮かばされました。精魂込めた「切り干し大根」、皆さんが、また先生たちが日々関わり頑張ってきたかけがえのない子どもたち、比較することではないが何事にも「精魂込めた」関わりでありたいですね。
 大根が約7,8千本ぐらい育ちましたが、子どもたちと収穫して家族の食卓に、近隣の方々に、そしてバス停の周りの方々に食していただきました。その数は半端なものではありません。玉川中央幼稚園の、夢の森幼稚園の、柿の実幼稚園のバス停の周りです。たくさんの方からお電話を頂き、またお手紙が届きました。青葉区の美しが丘の方から、「大地の恵みを収穫し、皆で分かち合う素晴らしい体験は、お子様にとって貴重な宝となりますね!!感動をありがとうございます。」嬉しいクリスマスカードが届きました。「大地の恵み」「貴重な宝」、毎年のごとくお礼とお詫びを込めて、年2回、ジャガイモと大根を届けていましたが、幼児教育の子どもたちへの思いを再確認しました。大切で素晴らしい体験をしていたこと、改めて意識していきたい。そんなことから、あまり大きく育たなかった大根さんたち、大切にしたい、「そうだ、切り干し大根にしてみよう」、早速男性の先生たちに呼びかけると頑張ってくれました。1月もまだまだ頑張ってくれます。皆さんの食卓で出会うことがあれば味わってみてください。担任が食育に使ってくれれば「切り干し大根」作りのねらいが達成出来ます。あのお手紙のごとく、「大地の恵みを味わい、貴重な体験の宝」を、子どもたちは獲得することでしょう。
 この冬休み、仕事の疲れの合間に窓から園庭を眺めると、本当にたくさんの方々が遊びに来ています。家族の触れ合いの場になれば、「園庭開放」の意義があります。「開放」は、実は大変です。その大変さは語りませんが、そんな幼稚園があってもいいかな、そう決めています。窓に寄ってきて「彼です」、「恋人です」と、報告してくれる何組かの卒園児にまた今年も会えました。本当に嬉しかったです。
 毎朝の日課に、錦鯉への餌やりがありましたが、最近食べてくれません。職員に終礼で「鯉が餌を食べないんだ、心配だ」と、報告したのだが、次の日の朝、机にメモがありました。1年目の先生が「鯉、お昼頃私もご飯を食べないなと思って、調べたら、冬は食べないみたいです。10℃以下の水温は食欲がなくなるそうです。5℃以下は特に。春以降の15~30℃は、もりもり食べるみたいです!!」と、メモを机に貼って帰ったようでした。ありがとう。
 子どもたちも、先生方も、保護者の皆さんも、共に頑張りましょう。

   

2017年冬休み号  ▲上へ
『力のなさの痛感 助けられています』

 1年間皆さんに本当に助けられました。力のなさを痛感した1年でした。仕事を続ける、子どもたちに寄り添いながらも心も体もぶつける、先生方に熱意と本気を伝える、子どもたちの生き生きした笑顔いっぱいの幼稚園、保護者の皆さんへの誠意ある関わり、幼児教育への真摯な取り組み・・・。どれ一つとっても力のなさ、その熱意の高まりに満足出来ない自分を叱咤激励しなくてはいけない1年でした。子どもたちに、皆さんに、教職員に助けられました。本当にありがとうございました。感謝するばかりです。
 夢ある子どもたちに応える保育、時代の求める保育、保護者の皆さんの求める保育、先生方の気持ち、様々ですが、加えるならば園長の変わらない思いは「あたたかさに溢れた子どもたち」を目指すばかりです。園児減が幼稚園運営にも影響して来た今年度でしたが、苦しい時だからこそ、施設充実を図るのも責務と考えました。けど原点にもどって、視点はただただ「子どもの笑顔とあたたかさ」を追うばかりです。
 スーパーアスリートの皆さんがオフをどう過ごすかに翌年の活躍が見えてくる、とも言われますが、私もこの冬は「心と熱意」のトレーニングに励まねばなりません。
 皆さんと良き年となるよう、良きトレーニングを積んで新年を迎えたいと思います。  力のなさの痛感、皆さんに助けてもらったこと本当にありがとうございました。

   

2017年12月号  ▲上へ
『大きくなりました、見て欲しい』

 今年もまた12月を迎えました。子どもたちも大きくなりました。運動会等子どもたちの大きくなっていく姿を見ながら、子どもたちのいろんなことに取り組む目の輝き、先生方の準備と工夫と努力保護者の皆様のご理解とご協力、その3者の思いが大きく大きくなった子どもたちを支えてきました。ありがとうございました。そんな自分を見て欲しい、子どもたちの願いです。  作品展、発表会、保育参観、いつ見ても子どもたちに感激します。  あんな小さかったあの子が、幼稚園の先生になりたい、就職面接、楽しみでありわくわくして面接に臨みました。毎年有り難いことに素敵な仲間が増えていきます。先生と教え子が、一緒になって幼児教育に取り組んでいる、その2人を就職面接、本当に有り難いことです。10組を超える。先日、玉川中央幼稚園のA先生から、柿の実の発表会を見に来たい、一緒にクラスに関わるF先生と一緒に見たいとのこと。嬉しいこと、先生が他園の行事を見たりしながら学び合う、それぞれの幼稚園の良さ、工夫、ねらい、学びあい刺激し合うことを願っていただけに嬉しい。また、A先生の教え子の同期が3人、柿の実で一年目です。「見て欲しい」最初の、子どもたちと作り上げた発表会です。これまた凄いことです。子どもも見て欲しい、大人も見て欲しい、子どもの世界も大人の世界も人と人が触れあって学び、大きく大きくなる学びの場が「見て欲しい」の願いのそこにはあります。「我以外皆師」、私もたくさんの方々に助けられました。たくさんの方々に教えられました。たくさんの方々に頭を下げなければいけません。まだまだ努力が足りません。言葉足らずで、全く反対のことにとらえられたり、思いもよらない励ましを頂いたり、まだまだ関われることに感謝するばかりです。  先月末、岡山県議会の皆さんが幼児教育の視察に来ました。柿の実が大きいから来たからではなく、特別支援を要する子どもたちが、たくさんの子どもたちと楽しく遊び学ぶ様子と、幼稚園のその取り組みを直に見たかったようです。県の教育委員の方々も一緒でしたのでたくさんの質問がありました。印象に残ったのが、「80歳近くになる先生たちが何人も幼稚園の環境整備や畑のお世話している姿、幼児教育への大切なものがそこには潜んでいますね」、その言葉でした。  もう一つあります。「仲良しの池」の上にある「あけびの棚」、毎年たくさんの赤紫の実を付けてくれます。柿の実、夢の森、玉川中央幼稚園に配られますが、販売してもすぐなくなります。1人の県議の先生が「おう、珍しい、むくびがある」と、大きな声で叫びました。「あけび」は、熟したら半分に割れるから「あけび」、割れないあの実は「むくび」だとか。いままで子どもたちに「あけび」と教えていたので早速間違いで「むくび」だと、伝えました。県議の先生に教えられました。すると翌日、柿の実のK先生がいろいろ調べてきて、本当は「むべ」あるいは「うべ」と言われるとのこと。本当に有り難いことです。そしてその翌日、補助のC先生が「むべ」が正式名称、「むくび」は地方によってそう呼ぶらしいことを教えてくださいました。「我以外皆師」ですね。  今年も残りひと月、大切に、また素敵な年を迎える準備の月にしたいですね。

   

2017年11月号  ▲上へ
『のどを大事にしなよ』

 本当に長雨が続きます。台風に悩まされます。また来るとか。運動会、遠足、楽しみにしている子どもたちのことを思うとつらい日が続きます。子どもたちの体調管理、そして私たち大人さえ「元気」でいることに気を遣う毎日です。食欲の秋で乗り切りたいですね。私は幼い時「柿をいっぱい食べると一年中風邪引かないよ」の言葉を信じ、柿が大好きになりシーズンの今は、食べ過ぎでしょうが10個以上は食べる毎日です。お叱りの殺到ものかな。とにかく体を大事にしたいですね。
 「のどを大事にしなよ」、昨日朝早く門に立って子どもたちを迎えていると、車が止まりあめ玉を3個渡されました。その方は年に何回かは必ず車でやって来て、私にあめ玉を何個かくださいます。本当にいつもグットタイミングです。30年以上前に一緒にコーラスをやっていた仲間ですが、いつも励ましてくれる有り難い先輩です。確かあの頃は「昼間は大工、休みは第九。」と、私に語りかけてくれました。初老のあの方は今でも立派な家造りに頑張っているだろうな、私も負けずに子どもたちの育ちにまだまだ関われることに感謝するばかりです。どこかで見守っている、数少ない男性部員でしたが本当に元気を頂きます。
 もう一人忘れてはいけない元気を送ってくれる方がいます。10年以上にわたり毎日、絵手紙を送り続ける画家の島津先生から昨日、「うらをみせ  おもてをみせて  ちる  もみじ」と題した絵手紙が届きました。もみじの鮮やかな紅葉が楽しみな季節、今朝のデスクから朝陽を浴びた「紅葉馬風」(もみじばふう)の色付き始めた紅葉も何とも言えません。「うら」、私にとっては弱さ・怠けたい・時間が欲しい・旅に出たい・寝たい・・・、「うら」とはこんなものかな。「おもて」、自分で書くのはどうか迷うが、がんばる・くじけず・時間を惜しまず・あつい・努力・負けず嫌い・・・。「うら」「おもて」を素直に認めてただただ頑張ることしか、「もみじ」のような「美しさ」は出せないのかな、こんなことを考えた今日のスタートです。
 10月26日、今日の朝陽は眩しい。素敵な日になるに違いない。先生たちが一人、また一人と笑顔で挨拶に来る、今日も頑張ろう。子どもたちもこの朝陽を待っていた、きっとにこにこで登園してくる、楽しみだ。
 玉川中央幼稚園、夢の森幼稚園、柿の実幼稚園、つくしんぼ保育園、はじめの一歩保育園、ちびっこ安心館、みんなの今日一日が素敵になりますように。
 「あけび」の色付きはじめが本当にきれいです。収穫したら届けますね。

   

2017年10月号  ▲上へ
『台風一過、一面黄色いじゅうたん』

 大型台風が、日本を縦断する、いつ来るかと心配しながらついつい眠りに入ってしまい慌てて飛び起きてしまいました。九州育ちの私には台風通過の夜は一睡すらできなかったことを思い出し、早速園内や施設を見て回ろうと、柿の実、夢の森、玉川中央、次々と・・・。大きな被害はないな、点検の思いで車まで向かおうと急ぎ足、何にもなさそうにもない、見回りは必要ないな、そう思ったその時、目にした光景が、「一面黄色いじゅうたん」でした。初めて見る光景、銀杏が隙間もないほどに、一面に広がっています。桜の花びらが一面に、もみじや銀杏の紅葉した落葉の素晴らしい一面じゅうたん、そんな光景は何度も眼にし、感動したことがあります。
 あっ、今日は休日、誰も出勤しない、けどたくさんの子どもたちや家族が園庭開放で遊びにやってくる、頭をよぎったのは、踏みつけられ凄い臭いが充満すること、いやこの銀杏を一個一個拾ってみんなに食べてもらおう、そこで気合を入れて拾い始めることにしました。拾っても拾っても一向に減りません。3時間、4時間は掛かる覚悟で黙々と、その時、「おはようございます」の声、見上げると「栗原学」先生が立っています。「手伝います!」 台風一過の幼稚園の様子を見に来てくれたようです。まだ朝の6時すぎ、仕事でもないそれに休日なのに、まだまだ若いのに本当にありがたい、手を合わせたい心境でした。最初は「すごいね!すごいね!」の会話が弾んでいましたが、次第に2人とも黙々、全く会話はないまま2時間半、大きな樽や鍋にいっぱい、その数五つ、翌日登園してきた柿の実の子どもたちに見せることにしました。びっくり、その臭い、何を思い、何を感じ、何を考えたのでしょう。様々であってもそれでいい、一日中、玄関横に置かしてもらいました。 しばらく教職員、職員室の先生方には何日も迷惑かけたかな、本当に申し訳ない。二週間経っても、ある先生が「この辺りまだまだ臭いよな、私の嗅覚は凄いんです」、私には何にも感じませんでした。しばらくして草取りしようと、前使った軍手を使おうと引き出しから取り出しました、「あっ、この軍手あの銀杏を拾った時の・・・」、また使おうとしまっていました。捨てないでとっていたことを忘れ、何の臭いもしないなんて言っていた自分が恥ずかしくなりました。本当に申し訳ない。休日、せっかくの休みの日、幼稚園が心配で見回りに来た先生がいる、その有難さでまだまだ私も仕事に打ち込めます。ありがとうございます。 ひとりの男の子が近づいてきて「けんかしたの、なかよくしたいの、えんちようせんせいどうしたらいい?」、今にも泣きそうでした。「あのね、そうおもうことがすごいんだよ、さっきはごめんね!なかよくしよう、そしてあくしゅするんだよ。さっきはって、かならずいうんだよ」。翌日、その子は「なかなおりできたよ」と、にこにこで教えに来てくれました。嬉しそうでした。我々大人は中々謝ることができない、その場では謝れなくても、後で、あるいはいつか「さっきは・・・」、「きのうは・・」「あのときはごめんね!」私も言ってみよう。

   

2017年9月号  ▲上へ
『自然の恵みに驚き』

 雨の日が続いたり晴れの日が続いたりと、その中で子どもたちはいろんな夏休みを過ごしたことでしょう。また大きくなった子どもたちは、温かく見守る眼差しのステージからステップアップして、いろんなことに挑戦するのを応援したりその姿を認めたり、ちょっとしたその変化を「はっ」と気付き、「おお凄いね」と褒めて、子どもたちの前向きな思いをバックアップしていくステージの時がやって来ました。運動会や発表会、作品展等、もっと躍動的な遊びを展開したり会話も弾んでいる、そんな子どもたちの姿が随所に見られる二学期が始まります。楽しみです。 
 この夏、毎朝のごとく5時ぐらいからぶどうやブルーベリーの収穫が一日のスタートでした。採っても採っても次から次に熟していくのが不思議でならなかった。正直何の手入れもしない放置した、いわゆる本当の「自然の産物」かも知れません。そうっと触って採っても、熟し切ったぶどうは、皮が「パリッ」、そんな音は聞こえませんがそれぐらいそうっと収穫しました。「パリッ」としてしまい皮が破れてしまった物は私の口の中でした。いつの間にか私の朝食になってしまいました。スリムになりたい願望はお預けの夏休みでした。結構な年なのに負けず嫌いの性格がにょきにょき芽生え始めてきた二学期、また運動会、もう恥ずかしいからやめよう、そうつぶやく家族の声が聞こえる時がやってきました。そろそろ本格的に落とさないとどたどたの姿が浮かんで来ます。若いお父さんお母さんと一緒に走れないなら、いろんな意味で今の職務は乗り越えられない、そんな思いがありますのでお許し願います。また、とは思わないで「年寄り園長」が今年も走っている、それぐらいの温かい目で見ていただければ嬉しいです。 
 ぶどうやブルーベリー、そして夏野菜を収穫した時は、門前、職員室前で販売しましたが、「絵本充実資金」として子どもたちの絵本購入にあてています。夏休みの日直の先生が毎朝畑で収穫した夏野菜、また手入れしていない素人の果物をたくさんの方がご協力いただいたこと感謝致します。これからも、さつまいも、大根、ぎんなん、柿、無農薬の素人の自然の恵みを門で販売しますので楽しみにしていてください。今年度から、玉川中央幼稚園のみなさんにも「絵本充実資金」をさせていただきます。夢の森、柿の実、そして玉川中央、もしかして同じ畑で育ったさつまいもや大根、同じ土壌で実った果物を食していたかも、いや食していくかも知れません。私だけかも知れませんが、そんなことを思うだけでわくわくしてしまいます。そう言えば、「ちびっこ安心館」の夏祭りに、朝収穫したぶどうを子どもたちに食べてもらったり、柿の実の全園児に食べてもらったが、満面の笑顔でした。 
 老後の夢は、あちこちに手入れが行き届かない、あるいは放置されている場所があれば、大きな広大な用地、畑の耕作をたくさんの同年代の方々と、自然の安全な野菜を食材を、幼稚園に、保育園に学校に届けたい、そんな夢です。先日、川崎の副市長や経済産業担当者等、たくさんの方々がやって来て、私のそんな夢を聞いてくださいました。熱く熱く語ってしまいました。  二学期が始まります。子どもたちの更なる成長を願うばかりです。

   

2017年夏休み号  ▲上へ
『歌声とドクダミ 迷いました』

 誕生会での先生方の演し物が始まります。じっと待っていると、透き通ったきれいな歌声が静かに流れてきました。玉川中央幼稚園の優衣先生の導入の歌声に心を洗われました。私には、二つのあこがれがあります。誕生のすぐあとに、父親が外の夜空を見上げると、9月の澄んだ満月と星、「この子は澄んだ人になって欲しい」、63年前頃に歌の上手な「立川澄登」のように歌の上手な人になって欲しい、そう願って「澄人」と命名した、何度も聞かされていました。心の澄んだ人になろう、歌の上手な人になろう、ずっとあこがれでした。「澄んだ心」は毎日が努力の日々ですが、諦めているのは、歌を上手く歌うことです。だから特に歌が上手い人は、私には尊敬するあこがれの人です。その日は充実した一日になりました。          
「 園長先生、ホールに是非いらしてください」、誘われるままにホールに。柿の実の先生方が歌とパフォーマンスを披露してくださいました。最近、「真面目で素直でにこやかな先生が多いが、何か足りない、そう、覇気というか勢いというか元気さというかなんともいえない何か、よし、発声練習と響き渡る歌声だ」。柿の実一の声量と美声の美緒先生に、早速教職員の研修をお願いしました。その研修結果の発表、ホールの中央に席が。10人近いグループが4つ、どのグループも素晴らしい歌声とパフォーマンスでした。最初から泣きっぱなしでした。上手い、素晴らしいものを持っている、頑張っている、一人ひとりの晴れやかな顔、最高でした。発表した先生方は私の後ろに座っていましたが、最後に「総評を!」、私の顔はくしゃくしゃ、見せられません。ぱっとみんなが前に来て座ってじっと見ています。「みんなが一番」。順位は付けられませんでした。一人ひとりが持っているタレントをしっかり見せてもらいました。人の良さを生かすのも殺すのも人、最高の教訓を得ました。先生たちも子どもたちも、幼稚園でも家庭でもあらゆる職場でも本当に大切な教訓です。
 夢の森に就職活動の学生2人を案内していると、こんな凄いところは見たことない、凄い、凄い、その連発でした。当たり前のようにしていても当たり前でないこの環境、生かすか殺すか幼稚園の姿勢が問われている、そう思いながら案内、その工夫と努力、ひしひしと感じるものがあり、園長を降りたことへの悔いは消え去りました。出会った年長の男の子が、年少の男の子に「ね、学園長先生だよ」と教えながら手を振ってくれました。すると隣の子も、にこっとしていっぱい手を振る、あったかい空気が溢れていました。  迷ったドクダミ、やはり書くことにします。クラスの便りからです。「こあらぐみ(三歳)の庭で自由遊びをしていた時のこと。数名で玩具のお鍋でごはん作りあそびをしていた子どもたちがいました。とても夢中になっていて、友だち同士協力して落ちている草や石を混ぜて楽しそうだったので声をかけてみると何とも言えない香りが。お鍋の中にはドクダミの草や花がたくさん入っていて、作っていた子どもたちは嬉しそうに、元気が出るスープです、とにこにこでくれました。おいしく食べるマネをした後、作った子どもたちに香りを伝えると、くさーい、と大笑い。その後、クラスのみんなにスープの香りをかいでもらっていくと逃げ出す子、笑っている子、抱き合う子と様々な反応でした。楽しい時間になりました。」

   

2017年7月号  ▲上へ
『森の中に響き渡る世界一受けたい保育』

 久し振りに夢の森の壁画の修復に汗を流す。毎日曜日ごとに一日中自然の中に身を置く、心地よい汗、くたくたになっても元気をいただきます。やり残したものを月曜日に、夢の森の園長を退いてから一年ぶりに、子どもたちの歓声、先生たちの保育を垣間見ることが出来た。目立たないように、じっとじっとしていました。どこからか楽しそうな笑い声、元気な返事、しかし保育者の声は確かに砂川先生です。保育を受けている方たちは大人の女性のようです。森の中に響き渡るその保育は、子どもたちが体験する「山遊び」の一つ、森の自然の中から栗の葉と熊笹をいただきお茶にして、お茶をいただきながら森の中でのカフェ、勿論世界一受けたい保育はその前に展開されていました。じっとしていられなくて、そーっとついつい受けてしまいました。
 本気で子どもと同じように声かけをし、同じように返事をするお母さんたち、楽しくてわかりやすくて面白い「山遊び」でした。玉川中央幼稚園、夢の森幼稚園、柿の実幼稚園の子どもたちは必ず受ける「山遊び」です。子どもたちが本当にうらやましくなりました。普段先生方に「魅力ある保育」を心がけるように話すことがありますが、砂川先生は身体全体を使っての保育、全力で傾ける熱意が伝わってきます。
子どもたちもお帰りの時間になり、聞こえてきたのが、「花いちもんめ」遊びの声です。「あのこがほしい、このこがほしい、そうだんしようそうしよう」、出て来るのが、子どもの名前と、必ず歌われる男の先生の「ゆうき先生がほしい」です。30分40分、いいか悪いかは別として、ずっと繰り返されたのです。本気だ、すごい人気だ、子どもたちもジャンケンして勝つと大喜びです。魅力ある保育も素晴らしい、子どもたちに「大好き先生」も素晴らしい。
 今年も各園の畑にはたくさんのジャガイモが収穫できました。ジャガイモ掘りの報告もここで書きたくなりました。いくつかの農園がありますが、「三輪農園」にジャガイモ掘りにやって来たのは玉川中央幼稚園の年中さん、その時間が本当に楽しかった、との電話がありました。担当は「熊木大輔」先生、きっと子どもたちが目を輝かしてお芋掘りをしているに違いない、その様子が浮かんで来ます。引きつける言葉かけ、本気にさせてしまう不思議な雰囲気、また保育を受けたくなる魅力を兼ねています。同じジャガイモ掘り、けど言葉かけ雰囲気、魅力でまた違った楽しいひとときになったようでした。大輔先生は柿の実幼稚園で水曜日の午後、「森の幼稚園」をお願いしていますが、大人気でほとんどの子どもたちがその日を待ち望むほどです。何年間の担任を経て今はバス運転、体育遊び、クラス補助、プール指導等いつも素晴らしい関わりに感謝しています。各園にもたくさんの素敵な先生が子どもたちとの毎日、本当に子どもたちは幸せに違いない。私が自分の教職員を褒める、それは本当にそう思うからです。そして感謝するのはいつも温かく教職員を見守り、こどもたちの笑顔の毎日、そこには温かい保護者のみなさんあってのこと、本当にありがとうございます。

 

2017年6月号  ▲上へ
『早起きは三文の得』

 早起きして一人で専念する、その集中力は一日分のやるべきことをやれる。以前は毎朝5時から8時まで壁画に約10年、本当に集中でき作品もたくさん完成出来た。最近は関わる幼稚園と保育園の書類や会計を朝の時間に済ますことが出来、時間に余裕がある。誰もいない裏山、野原、畑、本当に素晴らしい。鳥の鳴き声に心を澄まし、きれいな空気に元気をもらう毎日です。
 5月。大人も子どもも疲れる月、私自身心も体も疲れの中、唯一パワーの原動力になるのが子どもたちとの朝の挨拶と握手です。一緒に仕事をしてきた仲間が、あちこちの幼稚園や保育園で園長先生をしていますが、きっと同じように門で朝の挨拶を交わし元気をいただいているに違いない。つくしんぼ保育園も、ちびっこ安心館も、玉川中央幼稚園も、はじめの一歩保育園も、夢の森幼稚園も、先生方との響き渡る朝の挨拶が交わされているに違いない。「響き渡る挨拶」は、家庭でも職場でも元気の源です。先日、門の前を歩いて行くおじいさんが、「その光景にいつも元気をいただく、ありがとう」、誰もが同じです。その数分後に園児のお母さんが寄ってきて、「元気をもらいに幼稚園の響き渡る挨拶を聞きに来ています」、嬉しい一言でした。
 「早起きは三文の得」、そしてもう一つ「一石二鳥」の体験の思いをつづります。日曜日、裏山の野原の草刈りをしていると、度々機械を止めざるを得ません。目に留まってしまうものがあります。石器や土器のかけらです。その日一日でダンボールいっぱいになりました。歴史を教えていた私には、最高のものを手にしました。今までもたくさん拾いましたが、みなさんにいつか披露したいと思います。草刈り、そして土器・石器の拾えた、一石二鳥でした。先日子どもたちに梅の実を落としてあげると、またそこには土器や石器、有り難い。梅の収穫の後、グミの木のまわりにいた子どもたちに赤い大粒のグミの実をあげると本当に満面の笑顔。一石二鳥。
 朝の挨拶、元気をもらう、私も元気になる。子どももますます元気になる。子どもの目線にと腰をかがめると、きらきらの目いっぱい。「シ」の音での挨拶を試みる、ますますみんな元気になる。先日、新任の先生たちの研修会での講師の「シ」の音での挨拶、本当に効果あることがわかりました。5月、そして6月の疲れを「響き渡る挨拶」で、元気な毎日にしていきたいですね。

2017年5月号  ▲上へ
『毎日がお花見だね』

 日曜日の朝、久し振りに家の庭を手入れしようと外に出ると、早くから家族連れがもう何組か来ています。お父さんが「いつ来ても、毎日がお花見だね」、子どもが「毎日来たいね」。そのそばを挨拶して通りましたが、反応がありません。私を知らないその家族は、一面が落ちた花びらで覆われた道の「花のジュウタン」に見入っていました。一年中家の周りが開放されたくさんの人たちに出会いますが、こんなに見入っているのには驚きました。仕事に追われ、素敵な四季を一年中身近に感じられるはずなのに、「毎日がお花見だね」の感激の日々を過ごしていたか悔やまれてなりません。大切なこと、ありがとうございました。
さて、幼稚園教育要領、保育所保育指針、認定こども園教育・保育要領の改訂が今年度告示されました。「子どもの最善の利益」、「子どもの非認知能力」を考えた幼児教育が求められているような思いが致しました。心情・意欲・態度・認める・受け入れる・褒める・讃える・取り組むなど、こうした非認知能力を高めていく方向性が大切です。5歳児修了までに育ってほしい姿として示された「10の姿」をお読みいただけば嬉しいです。

 

1.健康な心と体  
健康な心と体を育て、幼稚園生活の中で充実感や満足感を持って自分のやりたいことに向かって心と体を十分に働かせながら取り組み、見通しを持って自ら健康で安全な生活を作り出していけるようになる。

 

2.自立心    
身近な環境に主体的に関わりいろいろな活動や遊びを生み出す中で、自分の力で行うた
めに思い巡らしなどして、自分でしなければならないことを自覚して行い、諦めずにやり遂げることで満足感や達成感を味わいながら、自信を持って行動するようになる。

 

3.協同性
友達との関わりを通して、互いの思いや考えなどを共有し、それらの実現に向けて、工夫したり、協力したりする充実感を味わいながらやり遂げるようになる。

 

4.道徳性・規範意識の芽生え  
してよいことや悪いことが分かり、相手の立場に立って行動するようになり、自分の気持ちを調整し、友達との折り合いを付けながら、決まりを作ったり守ったりするようになる。

 

5.社会生活との関わり  
家族を大切にしようとする気持ちを持ちつつ、いろいろな人と関わりながら、自分が役に立つ喜びを感じ、地域に一層の親しみを持つようになる。遊びや生活に必要な情報を取り入れ、情報を適切に伝え合ったり、活用したり、情報に基づき判断しようとしたりして、情報を取捨選択などして役立てながら活動するようになるとともに、公共の施設を大切に利用したりなどして、社会のつながりの意識等が芽生えるようになる。

 

6.思考力の芽生え
身近な事象に積極的に関わり、物の性質や仕組み等を感じ取ったり気付いたりする中
で、思い巡らし予想したり、工夫したりなど多様な関わりを楽しむようになるとともに、友達などの様々な考えに触れる中で、自ら判断しようとしたり考え直したりなどして、新しい考えを生み出す喜びを感じながら、自分の考えをよりよいものにするようになる。

 

7.自然との関わり・生命尊重
自然に触れて感動する体験を通して、自然の変化などを感じ取り、身近な事象への関心
が高まりつつ、好奇心や探究心を持って思い巡らし言葉などで表しながら、自然への愛情や畏敬の念を持つようになる。身近な動植物を命あるものとして心を動かし、親しみを持って接し、いたわり大切にする気持ちを持つようになる。

 

8.数量・図形、文字等への関心・感覚
遊びや生活の中で、数量などに親しむ体験を重ねたり、標識や文字の役割に気付いたり
して、必要感からこれらを活用するようになり、数量・図形、文字等に関心・感覚が一層高まるようになる。

 

9.言葉による伝え合い   
言葉を通して先生や友達と心を通わせ、絵本や物語などに親しみながら、豊かな言葉や
表現を身に付けるとともに、思い巡らしたりしたことなどを言葉で表現することを通して、言葉による表現を楽しむようになる。

 

10.豊かな感性と表現
みずみずしい感性を基に、生活の中で心動かす出来事に触れ、感じたことや思い巡らしたことを自分で表現したり、友達同士で表現する過程を楽しんだりして、表現する意欲が高まるようになる。

2017年4月号  ▲上へ
『「あっ、はるだ !」に感激』

 毎年大切にしていることは、卒園児を、小学校の入学祝いに学校まで教職員で出来る限り出かけ、祝いの言葉を掛けることです。はにかむ姿と楽しみな姿を見届け、そして幼稚園に入園してくる本当に可愛い子どもたちを想い、一つひとつお迎えの準備。日々に高まる早く会いたい気持ち、教職員みんなが、新しい年度と新しいクラス、新しいお友だちにわくわくでした。いよいよみんなに 会える日がやって来ました。そうです、もう春です。春休みに、お迎えの話し合いや準備、新しい出会い、意気込む思い描く保育の展開、今年度も大切にしたいものは、やはり「あったかさ」です。子どもたち、保護者の皆さん、教職員、みんながあったかく関わり、触れ合い、気持ちが入った保育がなされていくことを願い、子どもたちにとって楽しい、そして仲良しいっぱい、ありがとういっぱい、だいすきいっぱいの一年になるよう、教職員一つになって頑張りたいと思います。一人の先生が春休み、春探しに幼稚園の山に出かけました。子どもたちと春探しです。土から芽を出し花を咲かせ、新緑の木々、まぶしいぐらいの春ばかりです。一人の男の子が、先生の意も解さないで、山の頂上近くにある長いローラー滑り台の上に昇ってしまいました。追っていったか、そばに行った先生の耳に届いた言葉、「あっ、はるだ !」だったそうです。目に入ってきたのは、高い所から見渡す、春満開の大自然でした(柿の実の裏山)。様々な桜の花がきれい、新緑に覆われた木々、緑いっぱい花いっぱいの野原でした。土から出てくる草花等、歩き回っての春探しの保育を考えていたのに、一人はずれて遊びに走ったとの思いが、その滑り台の上での子どもの「春 探し」に感激し、涙したそうです。子どもの動きや言葉、その表情にたくさんのことを教職員は気付いたり学ぶことがあります。その涙は子どもの持つ素敵な感性とその成長に感激した涙でした。私も春探し、けど春休みは朝早くから夜遅くまで職員室での一日でした。やっと春を意識したのは、隣の東柿生小学校での入学式、徒歩で向かうと周りの変化にびっくり、もう春だ。挨拶した校長先生も新しい方、「やさしい、目がいきいきしている、素晴らしいな」、新年度がやって来ました。一緒に一年生をお祝いに行った先生の小学校時代の大好きな担任の先生、目の前にいるのは校長先生、二人の再会を間近に見ました。「なおちゃん !」と近寄った校長先生に、「先生とこども」の素敵な姿を見ました。玉川中央幼稚園の卒園式の後、隣の町田第五小の校長先生が小学校時代のあの子が、担任として卒園児を送り出す姿、また二人の再会は素敵でした。新しく開園した「つくしんぼ保育園」の栄養士の方から、たけのこを食材に使いたいから、たけのこが欲しい、との電話が入りました。竹林を抱える夢の森幼稚園の「自然探検村」に探しに行きました。春全開、春いっぱい、けどたけのこはまだでした。新しく開園、まだまだ一週間もならないのに、自然の食材を地産地消との思いで給食を献立してくれたこと、嬉しい。つくしんぼ保育園、はじめの一歩保育園、ちびっこ安心館、夢の森幼稚園、玉川中央幼稚園、柿の実幼稚園、どの施設も「自然そのもの」との触れ合いも大切にしていきたい。今年度も子どもたちの成長とたくさんの体験を願い、皆さんと共に共感と共有の一年でありたい。

2017年3月号  ▲上へ
『石も集えば ともだち』

 久し振りに早朝より石を使っての壁画制作を行いました。半年ぶりだ。5時過ぎより7時過ぎの方が冷え込んで手がしびれました。約2週間で出来上がった作品、塔の名を「石も集えば  ともだち」と、名づけました。なぜか、あかぎれがひどく血がにじみ出ては来ても気持ちは熱く充実した日々でした。作業を中断している間は怠けているかなあ、との思いが自分のどこかにあったため、達成感をも味わい、8時以降の園長としての務めも心地よいものでした。冒頭より自己満足感のくだり、そんなスタートとなりましたが、幼い時から拾った石を磨いては飾ったり、歴史好きな少年時代、石器の収集が楽しみだった、また今も増え続ける石器を眺めていると、今回は自然石だけの作品を作ろうと決めていました。男性職員に頼んで河原で採集してもらったたくさんの平たい石、また私が今までに土木作業で掘り上げた小石を使ってみました。
 夢の森の敷地に制作したもの、玉川中央の壁に制作したもの、柿の実のあちこちにと楽しんできたものとは違った思いがいたしました。一個一個の石、形や色や大きさは違っても一つひとつが積み重なりあって出来上がっていく中、「みんなちがってみんないい」、どの石にもどの石にも愛着を覚えていきました。それぞれの良さを醸し出しての作品、そう自画自賛しています。今までは卒園する子どもたちに絵を書いてもらったものを引き立てるように考えていました。それらも素晴らしかったのですが、一個一個をセメントでかためていきながら、幼稚園、保育園に集まって来たこどもたち一人ひとりの姿を思い描きながらの制作になっていきました。
石も集えば ともだち    そう、こどもたちも集えば ともだち
 同じ幼稚園を数多くの中から選んで集まった一人ひとり、同年代のみんなからいろんなことを学びあって大きくなってきたこの1年間、また私にとってはどの園にも集った一人ひとりは可愛い、そうみんな友だちです。ありがとう、そんな思いの制作でした。
 ネーミングが好きな私は早速、教職員にその5、6メートルの塔に名前を付けてください、とお願いいたしました。約50人程の先生が案を届けてくれました。『みんなをみてるよ塔、元気に育ったるの木、想石の塔、心あったか塔、友達の輪の塔、いつも一緒の塔、笑顔の塔、はじまりのとう、見守りの塔、ふるさと(塔)、ありがとう、温もりの塔、きずなのいわ、ゆめのみち、リサイクルの木、なかよしのきずな、チョコレートウ、ゆめのつづき、石楽の塔、たいようの塔、にじのとう、色付く塔、おともだちの塔、きのこの山、石木(いしき)(意識)、なかよしおともだちの塔』、・・・同じネーミングもたくさんありました。悩んでいる時、年中の男の子の「いしかわりく」くんが、「えんちょうせんせい、ともだち、がいい!」と、先生がクラスでこどもたちに問いかけたのでしょう、すぐ気に入り、「ともだち」、教職員の中から選んでいた北原先生の「石も集えば」の両方から、「石も集えば  ともだち」と命名いたしました。
 石を固めながら子どもたちの育ちを喜び願い、先月号の「むくろじ(無患子)」も3園に植樹も終え、残りの日々、大きく大きく羽ばたいていく卒園児をしっかり見届け、見守り続けたい。

2017年2月号  ▲上へ
『きつつきとむくろじ』

 朝早くドアを開け職員室に向かう。トントントン、ちょっとかん高い音が続く。よく聞く音だ。小鳥のさえずる声、いつも心地よい朝の自然の音に落ち着いた一日が始まる。この日は、朝早く出勤してきた栗原学先生が、空を見上げています。「うーん、きつつきの突っつく音がするんです。けど、どこにいるか・・・」、違う方向から降りてきた私も見上げてみると、いました、きつつきが二羽いました。しばらく二人で眺めていましたが、長く突っついていていい音を聞かせていただきました。見る方向を変えるとよく見え、今まで音は聞いても姿を見たことがなかっただけに何か新鮮でした。十本余りある大きな「しだれ桜」のその一本だけがあちこちに穴が開き、大きめな枝が相当数落されています。今までに気づかなったこと、上を見上げることもあまりなかったこと、自然の中にいながら気づかないことがいっぱいだなあ、「見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ、感じられないものが感じられる」には程遠い自分に気づきました。まだまだです。
 タイトルのもう一つの言葉、「むくろじ」のこと。冬休みの先生たちへの課題の一つに、「1,2学期の保育の中で自慢できる、他の先生にお奨めできる保育を紹介してください」ということがありました。一年目の先生が、むくろじの実を泡立てて、子どもたちとシャボン玉をして遊んだことを報告しているのを、読んだ後、ポストの中の郵便物に目を通すと、横浜市の荏子田小学校の校長先生のお便りが届いていました。偶然にも「無患子(むくろじ)の願い」、という素敵な文面でした。私も同じような願いから、20年余り前裏の野原に「無患子の木」を植樹しました。ほやほやの先生がその実に気づき、保育に生かしたことが嬉しかっただけに、その便りに感激いたしました。
 玉川中央、夢の森を覗いても正月遊びが繰り広げられています。柿の実の作品展にも子どもたちが制作した「羽子板」が展示されるでしょう。そうです、羽根つきのあの固い黒いもの、まさに「むくろじ」なんです。むくろじ、漢字で「無患子」、つまり「子に患い(わずらい)が無いように」、子どもたちに「無病息災のお守り」として、昔遊びが引き継がれている、親が子を思う姿、素敵です。これを機に、夢の森の広場にも、玉川中央の小鳥の森広場にも「無患子」の木を植樹いたします。親が子を思うシンボルの木として、子どもたちに引き継がれることを願って。3月までには何とかします。4、5年前に近隣の初老の婦人何人かがその実を拾わせてください、と尋ねてきてました。最近は来ないけど、元気かどうか心配になりました。将来実をいっぱいつけた無患子、近隣みんなに、勿論保護者みんなに届くと素晴らしいな、そんな思いになりました。
 もう一つ、荏子田小学校の便りの締めに、「団欒」の語源が書かれていました。「団欒」の「欒」は、ランと読みますが、本来は樹木の名前で、別名「むくろじ」です。ありがとうございます。私も一つ物知りになりました。冬、寒い日が続きますが、最近は無い家庭があるかもしれませんが、あったかーいこたつに手を入れ、またみかんを食べるのが大好きで、なぜかそのまわりには家族がいつのまにか集まってくる、本当に大好きでした。
 あたたかい家庭でゆっくり団欒して、にこにこ笑顔の子どもたち、本当にいいですね。

2017年1月号  ▲上へ
『喜びの声を届けよう、そこから情熱が』

今年度の思いは、「あたたかさ」に加えて、「喜びの声を届けよう、ありがとうの声を届けよう、感動の声を届けよう」に高まりました。年が明けて二日間私をその思いにした言葉は、「ありがとう」でした。鹿児島から、福岡から、名古屋から、北海道から・・・「ありがとう」の声が、卒園児からたくさん届きました。卒園児との年賀状のやりとりは、基本小学生になってから、その子どもたちから来たら返事をすることにしています。一度来たらいつまででも出すことにしています。大学、就職、結婚、子どもの誕生、様々なことが報告されてきます。3,000枚ほどの中でも、子どもたちからの便りは、ますます幼児教育への情熱を掻き立ててくれます。東京・神奈川を離れた子どもたちは特に、「幼児時代の思い出、園にありがとう」ばかりです。62過ぎても「まだまだやろう」との思いにさせてくれます。
 親が子どもたちに「喜びの声、ありがとうの声」をいっぱいかけてあげると、子どもたちはどうだろう。子どもたちが親に「喜びの声、ありがとうの声」をいっぱい発したら、お母さんお父さんはどうだろう。保護者の皆さんが教職員に「喜びの声、ありがとうの声、感動の声」をいっぱい届けたら、教職員はどうだろう。教職員が保護者の方に「喜びの声、ありがとうの声、感動の声」を伝えたら、皆さんはどうだろう。夫が妻に、妻が夫に、皆さんがご両親に「喜びの声、ありがとうの声」を伝えたらどうだろう。喜びの声を聞けば聞く程、誰もが仕事に家事に、そして生きていくということに、情熱とやりがいを与えてくれるものはありません。
 身内になればなるほど、わかっているとはいえ、その声が必要かもしれません。私は幼い頃から、何かを買うと必ずその店員に「ありがとうございます」と、言ってしまう自分に気づきました。この文を書いている今、まず思い出した「ありがとう」の言葉があります。大学新卒、その歓迎会でのお酒の席で、今は亡き先輩の女性の先生に、「ネクタイ、初めてなんです」、すると「そのネクタイ、似合うよ」と言われた時、「ありがとうございます」、本当に本当に嬉しかった。正直、ネクタイを初めて着けて人前に出た時でしたから、嬉しかった。哲学と神学しか学ばなかったことを思うと、きっと非常識で着こなしもそのセンス、ゼロに近かった。就職活動も経験なく、大学の恩師の一言で高校の校長先生と会い、そのまま歓迎会に参加したことを覚えています。ごく普通のやり取りかもしれません。それからずっと教師生活です。私は世界史、丸山先生は地理の先生だったな、先生、本当にありがとう。
 今年度、いっぱいの「ありがとう」を伝えましょう。いっぱいの「うれしい」を伝えましょう。いっぱいの「感動した」を伝えましょう。子どもたちもやる気を起こします。先生たちもやりがいを持ちます。私たちも元気が出ます。

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『子育ての哲学を考えるヒント満載の本』

 「謹呈」、そう記された郵便物、開けてまず目にした「子育ての哲学を考えるヒント満載の本」、その下に「汐見稔幸」、と推薦人、幼児教育界の私の師と仰ぐ先生の名、すぐに手にして読み始めました。なんと著者は「山本香」、父母の会でお世話になった方、卒園児の健太郎君のお母さんでした。「文房具図鑑」について以前このコーナーで取り上げた小学生著者の母親でした。一気に読み上げました。どの子どもも持っている、「好き!」の力をとことん伸ばす秘訣があちこちにいっぱいでした。今子どもたちに、教職員に、保護者の皆さんに「大好きいっぱい!」を熱く語ろうと、心に決めていただけに、今回はこの本を取り上げてみました。この冬休み、また年が変わるこの時期に、子育ての何らかのヒントになれば嬉しいです。
 「文房具図鑑」を、直接本人が玄関に届けに来たあの時の嬉しさがまたこみあげてきました。健太郎君の夢中を止めない小さな習慣、まさに子どもの創造力が伸びるヒント満載の本です。そのいくつかを取り上げてみます。一つでも気になる習慣があったなら、「あっ、これだ!」で結構です。そう思うだけで考える良き機会になれば・・・。


ささいな「カケラ」でも、残しておくことで「思い」が蘇る。   
「残しておく」だけで伝わることがある。   
子どもの発言をメモにしておけば、後で大きな喜びになる。   
子どもが描いた絵や作ったものを取っておくことが、子どもに「あなたが大切」を伝えてくれる。   
ほんの小さなことが「夢中」を止めない力になる。   
子どもの「やってみたい」は止めない。やらせることも、親の挑戦。
子どもは発見の天才。だから見つける手助けをしてあげよう。   
小さくても「自分だけの場所」を作ると、子どもの夢中が加速する。 
子どもが自分の世界に入り込んで夢中になっているときは、決して口出ししない。 
危ないと思っても、まずは子どものやることを見守る勇気を持つ。  
ほかの子どもと比べない。目の前のわが子だけを見る。   
ちょっとしたやり取りでも「手紙」にすれば、おもしろさが倍増する。   
子どもの写真を一枚のボードに集めてみよう。一年間の成長記録になる。   
子どもの遊びに付き合うことで親にも広がる世界がある。   
どんぐりも工夫次第で作品に進化する。   
親子で作業することが絆を深める。   
ときには親が「夢中」になってみる。   
誰かに認められることで「夢中」の世界がもっと広がる。   
子どもからのサプライズは最高のプレゼント。   
「文字だけの本」も子どもの空想力を膨らませるきっかけになる。   
デジタルから離れることで得られるものがある。   
子どもの「作品」を年賀状にすることで、家族の一体感がアップする。   
子どもが夢中になれそうなものを見つけることは、子どもの扉を開くこと。
人と比べず、わが子のペースで成長するのを待つ。   
親が喜ぶことで、子どもはもっと力を発揮する。   


 私も考えることがたくさんありました。本に触れる機会が減ってきているので、努めて本を手にしたい。山本さんは「石坂香」名義でイラストレーターとして活躍していますが、自分の著に自分でカットをいれる、素敵ですね。最後に園長として勧めたいワンフレーズ、「幼稚園から持ち帰るどんな小さな作品も、アレンジして飾る。」です。意義ある一年、また素敵な年を迎えますように!

2016年12月号  ▲上へ
『そこのおじさん、遊んでいい』


 休日、祝日になると、柿の実幼稚園の園庭、裏山は家族連れで大賑わい。一人の初老の決していい身なりとは言えない男性が、木に登ったり脚立に登ったり、鋸やスコップを片手に汗まみれに、時には泥まみれになっている。子どもたちのほとんどが「そこのおじさん、・・・」と、声を掛けてくる。時折、その子どもに「私がここのえんちょうせんせいですよ」と応えることにしている。びっくりします。遠方からもたくさんやって来ます。100家族ぐらいやってくる日もあります。約八割は私を知りません。他園の子どもたちがほとんどです。家族連れが楽しそうに遊び触れ合う姿は、子どもたちにしてやれなかっただけにいつ見てもこちらまで嬉しくなります。
 先日、30歳前後の二人の男性が泥まみれの私のそばにやって来て、「園長先生ですよね、幼稚園のあちこちの映像を撮ってもいいですか」、「今度結婚するんだけど、僕の嫁がここ出身でここが大好きで、いつも聞かされました。体が弱く病気がちだったのに、元気になりいつも感謝しています。友人二人で式の際、サプライズで披露したいです。特にお気に入りは、あの長いローラー滑り台。」ついつい幸せにね、と言ってしまいました。それからは、山の上からは二人のはしゃぐ声がしばらく続きました。自分も楽しんでいる姿を見せたかったのでしょう。
 僕、玉川中央の卒園児です。電車の中で声を掛けられました。園長就任して間もないのに小学高学年の子は・・・、ありがとう、嬉しかったです。先月、玉川中央、夢の森、柿の実の三園でダンスの課外教室をしている先生のお手伝いをしている女性の方が、「柿の実の卒園児です。妹達は夢の森でした」、そのそばには、元玉川中央の先生がにこにこしていました。三園に関わる私にとってはとてつもない喜びでした。
子どもたちにとって、幼稚園は心のふるさと、育ちの原点です。
子育て中の母親父親にも幼稚園は心のふるさと、であってほしい。
私の幼児教育の基本の一つです。
 ダンスを手伝っていたあの子は、夢の森開園の際、本当に助けられたお父さんの子どもです。誰一人入ることもできそうにない生い茂った山を切り開いていった時、最初に手伝いだしたお父さんでした。約三年間毎週土曜、日曜、祝日になると朝早くから遅くまで共に汗を流して竹や木を切り倒し、土を掘ったり運んだりした仲間でした。そのお父さんの娘さん、そして今、三園のダンスの手伝いに来ている、それだけで幸せは最高です。
 子どもにとって、家族以外と出会う最初の学校が幼稚園、お母さんお父さん以外で長い時間を過ごす大人は先生、叱ったり褒めたり一緒に泣き笑い一緒に食を共にする先生、そしてお友達、みんなみんな「心のふるさと」です。子育てに一生懸命になり、毎日ある意味で悪戦苦闘している母親父親にとっても、同じ立場で同じ場所で過ごす幼稚園、正に最高の子育て広場です。時間を忘れて話に夢中になり、もっと気軽に飲んでみたいな、お茶したいな、そんな思いにさせてくれるのもその子が幼稚園時代だけ、親も子も幼稚園ライフを楽しんでください。そこの公園に、あそこの公園に、あの遊びの場に、出かける冬休みになるといいね。

2016年11月号  ▲上へ
『生きている! 幸せだ』


 朝6時、職員室のカーテンを開ける、目の前の紅葉楓が気になった。おや、緑一色だったのに今朝は黄緑に見えた。次の日、また朝見上げた。えっ、黄色に見えた。次の日、また朝見上げた。あっ、真っ赤に染まった紅葉が何枚かてっぺんあたりで鮮やかだ。僅かこの3日間で緑、黄緑、黄色、真っ赤、その変化の凄さにびっくりです。ああ、生きている、これだけで充分。こんな素晴らしい凄さを見るだけで充分。なにがあの美しさの変化を醸し出しているのだろう。なぜかという科学的な生物学的なことは解らないが、その美しさの現実だけで充分です。生きている!幸せだ。
 約10回の運動会が無事終わりました。あの子どもたちの本気な顔、一生懸命な姿は何とも言えない。間近に見るこの体験は幼児教育に関わるものにとっては最高の感動の場です。もうそれだけで子どもたち一人ひとりが眩しくてたまらない。真っ赤な紅葉にと変化していった神秘的な美しさにも劣らない子どもたちの輝きでした。自然に、子どもたちに、その凄さに魅せられる毎日です。またまた子どもたちが一回りも二回りも大きくなりました。大きく大きくなった我が子を、孫を見つめるお客さんの姿がいっぱいでした。この子どもたちの為にまだまだ頑張ろう、もっと頑張ろう、そう思って家路についたことでしょう。ご声援、拍手、掛け声、本当にありがとうございました。会場を埋め尽くしたお客さんの温かい眼差しが、最高の子どもたちの教場となりました。
 日本の行事の中で、また世界中の行事の中で本当に子どもの成長を願う、成長を祝う行事が多いことにびっくりです。人間の喜びの糧はその成長に尽きる気がいたします。ひな祭り、端午の節句、こいのぼり、七夕、こども祭り、ハロウィン、クリスマス、どれをとってもこどもの為になにか楽しいことやお祝いごとをやってあげようとの思いが伝わってくる。食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋、こうした言葉もみんな子どもたちの成長を願っての大人たちの思いに違いない。
 ブルーベリーに始まり、栗、銀杏、柿、アケビ、甘夏、早生みかん。畑にはさつまいも、大根、田んぼではお米、子どもたちは、人が生きていく中での糧としての食物の成長を見守っています。
 見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ、感じられないものが感じられるような、人づくりが私の幼児教育の目指すものです。

2016年10月号  ▲上へ
『本物の愛を感じます』

 本当に雨の日が続きます。運動会がもうすぐそこ、外での練習が出来ない。外遊びがなかなか出来ない。職員室から外を、今日もまた雨か、そんな思いで眺めていると、なんと一人の男の子が土砂降りの中、傘をさしてスキップを楽しそうにしています。それを見た女の子がまた楽しそうにスキップしています。それを見守っているお母さん、なんだか嬉しそう。子どもたちは楽しい遊びの天才。雨の中、お母さんの・お父さんの・先生たちの本物の愛をいっぱい垣間見ました。
 車で玉川中央幼稚園へと玉川学園を走っていると、私の車ばかりでなくどの車が通っても、自分は濡れても子どもを道の内側に護るようにわが身で守っている。自転車で坂を必死で登っている。そこには大事な我が子が載っている。後ろ姿は結構濡れています。何度も何度も同じ光景を見ました。その後、夢の森に立ち寄りました。やはり同じ光景です。ゆるやかな長い坂を必死で自転車をこいでいます。降りたらまた傘をさしてあの急な坂を上っていく。その姿はやはり我が子を濡らすまい、その思いが満ちあふれている。毎日毎日、そんな光景が展開されているに違いない。こうした一つひとつが当たり前かもしれないが、本当に親が子を思う愛を感じます。毎日展開される子育て、本当に凄い、敬服の一言です。
 柿の実に戻り、主任の原稿に目をやっていると、やはり同じような光景が展開されたことが、報告されていました。土砂降り、バケツをひっくり返すような、容赦しない土砂降りです。ちょうど降園の時間、部屋からバスまで結構な距離、一人の先生が傘を差しだす、また一人・・・、先生たちの傘の花が続く、そしてそこには通りがかった保護者の方々の傘の通り道、勿論子どもたちはその中をそんなに濡れないでバス乗車です。けど、ずぶ濡れになった先生たち、保護者の皆さん、どの顔も天気とは真逆の晴れ晴れしていたようです。
 9月16日、62歳を迎えました。ますます元気になり気持ちは燃えています。脂肪肝だとか、糖尿病の心配から健康を考えて、この三か月で10キロ余り体重を落としましたので、身が軽くて軽くて、20代30代のような気分になっています。そんな私に、子どもたちは大合唱の「おめでとう!」、すれ違うたびにあちこちから「おめでとう!」。何故か耳元で大声で祝福もしてくれる、けどどれも嬉しい。ホールが割れるような大合唱、けど心地よい。人が「不快」「不愉快」「嫌な思い」になるのは、何故か聞こえるか聞こえないかの、ざわざわ、ひそひそ、ですよね。そして人はそれらを「うるさい」と思うものです。全く相手が見えない、噂も同じですよね。子どもたちの歓声、大合唱は真逆の感激、涙さえもたらします。いつまでもいつまでも元気でいよう、そう決意いたしました。
 この日、門でほほえましいことがありました。送ってきたお母さんを離れ、挨拶して門の中に入っていった男の子が、門の外に出て来たのです。「なんで出てくるの!」、叱っているお母さん、その男の子が「もう一度お母さんに会いたかったの」、するとお母さんはニコっとして、我が子を抱きしめていました。子どもはそれまでより嬉しそうに軽やかに門に入っていきました。

2016年夏休み号  ▲上へ
『聴き入る関わり』

 世に生を得た者はすべてに価値あるものばかりです。微生物しかり動植物しかり、ましてや私たちみんな過去にも現在にも存在意味のない、なかった方はいない、そう断言したい。
 腰を痛めた。全く動けないこともある、痛みが気にならないこともある。朝に、昼に、夜にと書類との時間、世の中あまりに書類に文書、報告に実行、他人に機関に行政に責任ある方に求める傾向にあり、形にしたものを求めすぎてはいないか。元旦より玉川中央、柿の実、夢の森、はじめの一歩、ちびっこ安心館、その他地域の・職場の・保護者への諸々への文書等が舞い込んでくる。夢を語りたい、汗だくになって子どもたちと走り回りたい、保護者のみんなに声かけたい、もっと書に本に絵本に時間が欲しい。腰を痛めて思うことは、本当に「元気が一番」だということ、けど「これからは気力が一番」のようにも思えてきた。子どもたちに全力、保護者に前向きに、教職員には共に、そうした思いには「気力が一番」と、自分を奮い立たせては見ても、一日48時間が欲しい。書類に、運営に、経営に、職務管理に、給与・経理管理に、園行事に、保育展開に、そして「家」という形の責任に、地域に、教育に対応する時間もほしい。夢は、にこにこ顔でのんびりと子どもたちに語りかけている姿です。今こうしてパソコンに座っている間にも痛みが激しい。自分の生き方の方向転換を迫っているようにも思えます。求められている、見られている、確かに「気力が一番」かもしれない。責任を負う、責任を感じる、責任を取る・・・・、世は他人にはついつい求めがち、求めがちな世から解放されたい方々がたくさんいるようにも思われます。上にたつ、責任ある、「長」という立場には、にこにこののんびりはないのだろうか。夢が「にこにこのんびり」ならば、その実現の夢の為には・・・。今は朝の6時、今日は朝早くから考えることばかりです。昨夜は久しぶりに本に向き合った。本を読むことに明け暮れた学生時代、子どもたちと関わる園長になろうと、封印して段ボール200箱近くを倉庫の奥に積み上げた。老後の夢は、図書館と美術館、そして子どもたちと「にこにこのんびり」だ。朝夕に、畑を耕し野菜を育て旬の食べ物に囲まれたい、その野菜等を子どもたちや教職員、保護者に「うまくいったよ、おいしいよ、食べてみな」、そうできたらいいな。
 昨夜読んだ本、「朝一番のおいしいにおい」(佐藤初女)には惹かれました。著者の「森のイスキア」、その生き方に共感と自分も、との夢を描いた。「一緒に食べることは、言葉を尽くして話すより深く心が通います」。著者は餅つきが大好きとのこと、「餅つきは一人ではできない共同作業です。その共同作業では各自が自分のタレントを知って自分で役割を決めます。蒸す人、つく人、のす人。いつの間にか心がとけあってしまいます。蒸しあがった一粒一粒のお米はつくことによって一体となってしまうのです。もとの米には戻らないし、食べる時はみんなで分かち合います。和気あいあいに浸りながら、わたしはここに・・・・」の所に来て、これだと思いました。図書館・美術館・食農食育・森のイスキア・幼児教育・囲む食卓・餅つき・にこにこのんびり・・・、私のこれからの夢の展望が開けてきた。おつきあい、ありがとうございました。

2016年7月号  ▲上へ
『あっ、こわれちゃった!』


 「ねえねえ来て」、一人の年中の男の子に山桃の木の下について行きました。くわがた、かぶとむし、また何か面白い虫でもいるのかと思い、「むしがいる!」と必死に指差すその先を見ても何にも見えない。メガネをはずしかがんで、「これかな」と人差し指で指差そうとした瞬間、「あっ、こわれちゃった!」、その男の子が呟きました。よく見ると、やっと見ることが出来る程のゴマより小さいアブラムシでした。その子は立ったまま見つめている、私はかがみこんで見ている、その違いのショックより、「こわれちゃった!」の表現に、ドキッ、としました。その子を見上げるともういません。しばらくは動けませんでした。私がおおげさにとらえ過ぎなのか、いやその表現がやはり気になりました。「あっ、しんじゃった!」でもなく、「あっ、こわれちゃった!」。正直悩みました。物の命、動植物の命、人の命、あらゆるものの命、を子どもたちにどう伝えたらいいんだろう、私にとって当面の課題となりました。
 幼い頃、「生きている物に生かされ、生かされているからこそ、生き物を粗末にするな」と叩き込まれていました。いろんな食物もしっかりと育ち生きてきた、大きく成長してきた、野菜もお肉も果物も木の実も虫たちも。それらを食して生かされている私たち、せめて有り難くいただき、美味しく召し上がるだけでなく、粗末にすることなく無駄にすることなく食していこう。毎日考えられない「食」が廃棄されている、びっくりすることばかりです。食の安全、食育、大切なことです。更に食そのものにも大切な「いのち」があり、その「いのち」に生かされていることの大切さも伝えていきたい。そして人として周りの人みんなにも生かされている。幼児教育の中で周りの人に「自分は生かされている」、ちょっとでも感じ取ってほしい。
 「食農食育」、この言葉には、子どもたちが「食」についていろんな体験を通してわかってほしい、との願いが込められています。夏野菜を育て食する、じゃがいもやサツマイモ、大根などを畑で育ててまたみんなで食する。育てる大切なことは勿論、それらを食して生きていること、また「共食」での子どもたちの楽しさも欠かせません。そうすると、曲がったキュウリも、大きくなった「ジャンボキュウリ」や「お化けキュウリ」ももう捨てられません。自分たちの手で植えたジャガイモの「種イモ」が土の中で、必死に一生懸命に「赤ちゃんイモ」を育てたことを自分の手で掘ることにより、そのお母さん種イモを発見して体感いたします。だからそのおイモで作ったカレーもふかしたおイモも本当に美味しい!自分で掘ったからこそ、重いはずの袋を頑張って持ち帰っていきます。普段は軽いものでも持ってもらおうとする子どもたちですが、誇らしげに持ち上げ誇らしげに中身を見せて満面の笑顔を見せてくれます。
 「いのちはね、たいせつなんだよ」と、何度も語りかけるよりも、体験を通した「食農食育」の取り組みがいつかはじわっと子どもたちの心に染み込んでほしい。今、私はいろんな木の剪定や枝落としをしていますが、小鳥の巣などに出くわします。形が不恰好にならない限りにその場を、大切な「住家」を残すことに工夫します。可愛い小鳥の雛の誕生も垣間見られ、我々の生活空間の整備、本当に小鳥たちには迷惑だろう、そんなことを思う6月でした。

2016年6月号  ▲上へ
 『電車の中で』

 江の島の地引網を終え、ぐったりしてついつい眠りに入ろうとした頃、向かい側の座席に一人の中学生か高校生の女の子が座りました。上品で爽やかで優しさあふれる雰囲気に、ついついどちらの制服でどんな学校なんだろう、教育に携わる立場、隣にいた先生に聞いてしまいました。次の駅で、一人の男子学生が向かいのその子の隣に座るなり、急に鼻と口を手で覆いだしました。すると、その右手の指の間から血が溢れてきました。びっくり、ポケットティッシュを持ち合わせていなかったので、隣の先生に「あっ、血が!」、すぐにティッシュを取り出し通路を挟んで前の方に差し出しました。膝に乗せたまま、右手はふさがり、左手一本ではティッシュ袋も開けられずにいるようで、「開けてあげて」、通路を三回ほど往復しながらも血が止まったようでした。しばらく抑えていたその学生さんは、玉川学園で立ち上がり、こちらに向かって来て、深々と頭を下げ、「本当に助かりました。ありがとうございました。」と、電車を降りていきました。
 大丈夫か、かがみこんでいましたので心配してずっと見守っていましたので、下車の際立ちあがった学生さんの丁寧な姿に感動いたしました。しっかり挨拶する、深々と頭を下げる。私は隣の先生に教えてあげただけ、動いてくれた先生のまめさに感謝、、そして「備えあれ」(先月号の巻頭言)が出来ず、ティッシュを持ち合わせていなかった自分に苦笑するばかりでした。でも何故か、私も隣の先生も気持ちは爽やか、幸せでした。良いことをしたことでなく、学生さんがしっかり挨拶してきたことで一変して爽やかな気分になりました。「ありがとう」は、周りを幸せにしますね。その挨拶は、その先生だけでなく、私にもありました。困って最悪の状況ながら、周りをしっかり見ていたのだなあ。鶴川駅に近づくと、その隣の女の子が立ち上がり前にやって来ました。「園長先生ですよね」、どうしても誰だか思い出せず、名前を聞いてしまいました。その名前はしっかり覚えていましたし、幼稚園時代のその子もしっかり思い出しましたが、すっかり素敵になり冒頭のその姿に「大きくなって、素敵になって」と、涙が出てきてしまいました。「担任のたかし先生、まだいますか」「いるよ、がんばっているよ」。嬉しそうに「よろしくお伝えください」。本当に嬉しい出来事でした。担任はいつまでも担任、教師はいいなあ。
 正直、私はほっとしました。鼻血があふれている、そんな場面に出会った私たちの動き、行動があの卒園児の前でのこと、素知らぬ顔でもしていたら「教師」失格、「園長先生」失格だったに違いない。悔やまれる「備えあれ」、ティッシュを持っていなかった。隣の先生と、いざとなったらハンカチ、タオルが必要だったね、そんな会話もした。今日は、地引網、でも何故か疲れもだるさも吹き飛んでしまった。
 ついつい昨日の電車の中での出来事が嬉しくて、今月の巻頭言に書かせていただきました。

2016年5月号  ▲上へ
 『眼開きて 見きわめよ』

「眼開きて 見きわめよ  耳そばたてて ききただせ  われらに不断の準備あり 手足に 心に ああ準備・・・・・」。ボーイスカウトの連盟歌の中の一節です。育成会会長として長年関わりながら、意識することなく歌ってきましたが、先日何故かそのフレーズに来た途端、体が震えてしまいました。眼を見開いていますか、耳をそばたてていますか、手足に心に。何かが、誰かが、私に盛んに問いただしている、あまりの情けなさに震えてしまったのです。今まで、子どもたちに、教職員に、保護者の皆さんに、家族に、地域の方たちに、世の人に、何をしてきたのだろう、そう問いかける別な自分が私を攻めたてていました。だめだ、まだだ、これからの余生は本気、本気を出そう・・・、そう呟きながらの一日でした。
柿の実の玄関に、横に根をはった茎からりっぱな「たけのこ」が出ている、竹の根とたけのこ、そのものの育ちをしっかり見てとれるものが展示されています。夢の森の竹林からの届け物、それは哲史先生の思いなのか、自然そのものを体感してほしい、その願いのようでした。幼児教育の原点、単に食するばかりでなく、自分たちの手で掘りあげ、調理していく、そして子どもと先生が共食、そこから子ども達の表情が、言葉が、伝えたいことが生まれ、家族への「ねえねえきいてよ、おしえてよ」の、家族の語らいとなっていく。「自然の音を奏でる 葉っぱ 花 手のひら」 、そこに自然の音が奏でられている。見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ、感じられないものが感じられ、手足に心に染み込み、本物になるのかもしれません。          
「熊本・大分地震への義捐金」、保護者の皆さんの本物の温かさを感じています。大人が、子ども達が、その一人ひとりの思いやりが本物です。柿の実・夢の森、その温かさは半端でないことが本当に実感できました。6月24日に、九州の園長先生、主任の先生たちに、幼児教育の講演を頼まれていますが、みなさんの義捐金を同じ幼児教育の現場に届けるつもりでしたが、「全日本私立幼稚園連合会」からの「義捐金のお願い」が届きましたので、全国の幼稚園と共に気持ちを一つにすることにしました。私は、密かに5園からの総額と同額を添えて、と思っていましたが、それぞれの園からのびっくりする気持ちの額に嬉しい悲鳴と同時に感激するばかりです。皆さんの本物の温かさ、この本物の温かさを幼児教育を通して子どもたちの「手足に心に」染み込ませることが出来るよう、精進を誓う機会を頂きました。まだまだ受け付けますのでよろしくお願いいたします。
 あの「東日本大震災」の際、みんなの気持ちをしっかりはっきりした形でと思い、宮城県の亘理町と連絡を取り、皆さんから集まった義捐金と、幼稚園バス一台を寄付し、その中に教材や生活用品を積めるだけ積んで届けたことが思い出されます。よく見える形でみんなに喜ばれる形で、その様子が亘理町の新聞まで送られてきました。「常に備えよ、準備、準備」のごとく、常に震災に備えると同時に、常に「何かしてあげられないか」の思いや行動も、冒頭の言葉のように、日頃から「手足に心に」備えておきたいものです。
 子どもたちは本当に温かい、教職員は本当に温かい、保護者の皆さんが本当に温かい、それは真実です。またそれが一つひとつ表現でき、受け入れられていく時、あったかさ、また笑顔がそこに満ち溢れることでしょう。皆さんに感謝するばかりです。ありがとうございます。

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