園長からのメッセージ(2009年度・2月号) 園長からのメッセージ(2015年度・12月号)

お母さんの不思議な力

 いまだに母が毎日、朝一番に思い浮かんでくる。朝4時母に会える。中学進学と同時に家族を離れて都会の私学で学ぶことになり、母とはそれ以来一緒の生活ではなく、世を去った今でも母に「おはよう」とつぶやく感じです。嬉しさいっぱい、まず母に知らせたい。楽しさいっぱい、母は見ているだろうか。苦しさいっぱい、母はなんて言って励ましたんだ。泣き叫びたい思いにいっぱいいっぱい、母はいくらでも泣いていいんだよ、よく甘えたな、よくわがまま言ったな。充実してほんわかいっぱい、母が喜んでいる。今でも母に支えられ見守られ励まされ慰められている。先日、柿の実の父母の会全役員会50人余りに、突然と「お母さんは子どもたちの港みたいなもの」と、話はじめ出航も帰港も「母の港」です、どんな時も送り出し、どんな時でも護ってあげる懐の大きい港、本当にそう思います。冒頭から、母、母、と思うばかりの初老の自分はまだまだ半人前です。いや半人前のまま終わるのでしょう。またそれもよし。  毎朝門に立ち、子どもたちを迎えていて、挨拶の大切さが、挨拶することが、挨拶されることがいかに私たちを支えることか、痛感します。いくつもの幼稚園に関わる自分は本当にこれでいいのだろうか、最近自問自答しています。3園の子どもたちを毎朝の挨拶で迎えられない自分、柿の実でしか迎えていない現実に悩み苦しみます。同じ思いを引き継ぐ先生に、玉川中央では智史先生がきっと迎え入れているだろう、けど夢の森では一体誰が、検討に検討を重ね、学園理事長の哲史先生にその役を専任させることに決意いたしました。私自身が、あの森の確保から設立まで、そして今まで見守ってきましたが、夢の森の開園1年、2年とその教育運営の原点を苦労しながら試行錯誤しながらも取り組んできた哲史先生にお願いすることにしました。まだまだ私以上に半人前です。まだ半人前の「母の港」として、母の敦子先生がその任を母として支えてくれることでしょう。  柿の実と夢の森の子どもたちが一緒に乗っている送迎バスコースがあります。門に到着する、迎える私に一斉に「おはようございます」と元気よく挨拶します。降りる柿の実の子どもたちに、乗ったままの夢の森の子どもたちが「行ってらっしゃい」と大きな声で挨拶します。引率する夢の森の先生がバスに帰ってくると、待っていた夢の森の子どもたちが、大きな声で「お帰りなさい」と挨拶します。最近その光景がいつも私を励ましてくれます。ありがとう。昨日もお芋ほりに来た玉川中央の子どもたちがバスの中から嬉しそうに挨拶してきました。本当に挨拶は素敵です。  お芋ほり、子どもたちは秋の自然の収穫を満喫しています。栗拾い、柿もぎ、銀杏ひろい、アケビに驚き、そしてお芋ほり、稲刈り、まだまだ続きます。おそらく抱えきれずに汗だくになって引っ張る子もいるかと思われる大根が大きく大きくなり、子どもたちを待っています。2本ずつ持ち帰ります。玉川中央は一度にお芋・大根の収穫を考えましたがその大きさに無理との結論、二度楽しむことにしました。夢の森は育てたお米でおにぎりパーティー、羨ましい。柿の実の山には早生みかん、また甘夏が何千と色づいています。お餅つきの日に一個ずつ食し、年明けに甘夏一個ずつ持ち帰るでしょう。玉川中央の「小鳥の森広場」には、鬼ゆずが子どもたちを待っています。