園長からのメッセージ(2009年度・2月号) 園長からのメッセージ(2014年度・2月号)

苦労して育てた分、子どもは幸せを返してくれる

 朝早く新聞の読者投書の文に、原稿の変更を決めた。そのままその思いを「子育てに困ったら誰かの手を借りて」の投書の、「苦労して育てた分、子どもは幸せを返してくれる」の思いに同感です。教職員にも保護者の皆さんにも、一学年が終わろうとしている今、いろんなことが思い出されるに違いない。苦労した分、喜びを・成果を・結果を・成長を求めがちです。求めれば求める程何故か満足は今一つです。何故か目に見える姿にはまだまだのように思えてしまいます。けど、見えないから思えないからこそいいような気がします。真の成長の部分ほど見えてこないものです。「子育ては大変だが、困ったときは一人で悩まず、誰かに相談し、手を借りてほしい」と、訴えています。
 自分が育てたんだ、苦労して応援したんだ、その思いが確かなものであれば、いつまでも子どもを信じ続けたい。我が子だ、必ずあの壁を乗り越える、今の状況から抜け出す、必ずわかってもらえる、きっと力強く生きていく、そう信じ続けたい。そう信じ続けいつまでも見まもり続けたい。
 人は神の世界に逝ったら、成仏したら、「自分の為に生きるのではなく、ただただ他人の為に生きる」そうです。きっと、私たちは最後の最後まで子どものことを思い続ける、いやその後は永遠に子どものことを見守っている。
 実父と義父を失った今、「子どもは幸せを返してくれる」、この言葉が頭から離れない。二人からはたくさんのことを学んだ。けど、私はいつまでもいつまでもまだまだ一人前には程遠い。まだまだ半人前です。「子どもは幸せを返してくれる」、その幸せは「子育てをする」から「応援と見守り」に気持ちが変化した時に感じるものなのか。私自身はまだまだ半人前と思っているが、我が子達に目が行くと何故か、「おう、がんばっているな」と、ついつい嬉しくなる。子どもには甘いだけかもしれない。けどそれはそれでいい。何故か、親ばかであれて幸せな気がする。
 朝早くからパソコンに向かっていて、ここまで来た。ここから文が進まない。約一時間、全く一文字も進まない。実は、途切れることなく、教職員が挨拶にやって来る、報告に来る、私の体調を心配する、早朝保育の子どもたちが握手しにそばにやって来る、一文字も進まない。困った、今日が期限、タイムリーな、リアルな気持ちをいつも届けようと思って直前に原稿に取り掛かる自分を責めだした。けど、急に嬉しくなり、何故か涙が出ている。こんな幸せは、今の自分の最高の場なんだ。朝七時から八時過ぎは教職員との挨拶、八時から十時は子どもたちとの挨拶。この時間が一番の幸せかもしれない。親の幸せは、「子育てしている間が一番」かもしれない。子どもはまだまだと思い、親は幸せに思い、・・・。今日も一日頑張るか。

 

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