園長からのメッセージ(2009年度・2月号) 園長からのメッセージ(2013年度・10月号)

手、触れる、魔法の力

 毎日の子どもたちとの握手、33年の数えきれない握手によりいただいた「手力」、ハンドパワーみたいなものがあるとすれば、一人ひとりの子どもたちからのパワーです。泣きじゃくっている子どもにそっと手を触れると、ぱっと泣き止む。だだを捏ねるかのようにバタバタしている子に手を添えると、ぴたっと止まってしまう。時折、教職員より「魔法の手」と言われます。先日、母の延命治療をやめるかどうか、最後のお別れだと思って、家族みんな来るようにとの病院からの要請に大勢の兄弟や親せきの方が次から次に病室に入って、母に声を掛けたり手を触れていきます。全くの反応もないし、顔の筋力もないのかだらんとした母の顔を見るのが本当につらかった。脳も腎臓もほとんど機能していないとのこと、覚悟はできていましたが、たくさんの方が次々なので、なかなか再び病室に入れなかったが、途絶えたころを見計らって誰もいないこことばかりに、母と二人きりになりました。ほほを寄せるようにして泣きながら「お母さん、すみとよ!」と、何度も何度も声掛けしました。手をしっかり握りしめていましたが、しばらくすると、「ピクッ」、また「ピクッ」とします。次に確かに手に母の力を感じました。無意識で全くどこも動かなくなっていた母が、その瞬間、右足を動かし、顔を私の方に向けたのです。顔の表情は一変し私を見ている様でした。何かに気付いた控室の兄弟たちが取り囲んでしまいました。静かにその場を離れて控室に戻った私の耳には、「手が動いた」「鼻をかいた」、次々と聞こえてきます。目も必死に開けようとしていました。
 一人泣きながら飛行場に戻り、こちらに向かう最終便に乗りました。兄弟みんな残って見守っている、私は非情なのかと思い泣きましたが、帰ることにしました。携帯に連絡が来ます。「歌を歌っている」「お祈りをしている」「はい、と返事した」・・・。奇跡と言えば奇跡かもしれないが、大勢の次から次の手を握るという「手力」だったに違いない。偶然に私の時に意識を戻したのだ。きっと、母は可愛がった息子に手を触れられることにびっくりし、また最高に嬉しかったに違いない。愛する人に手を触れられる、ドキッとする、熱くなる、誰もが経験したことでしょう。きっと最後の最後に私の手に、衝撃的な「ドキッ」、が意識を取り戻す切っ掛けになった。今は残った三人の兄弟が交代でそばにいます。歌い、語りかけ、祈り、手を握ってはリハビリしているとのこと。私はそばにいないのに、妹は時折「お母さん、すみとよ」と、魔法の力を語りかけてもいるようです。
 愛する人と、家族と、子どもと、夫と、妻と、園児たちと、手と手との素晴らしい触れ合いが展開される限り、より幸せな世が見えてきます。手伝う、手足となる、手助け、手を合わせる、手作り、手を貸す、手配り、手わけ、手のぬくもり、手の温かさ・・・。
 話は変わってもうすぐ運動会です。拍手、どの子にもどの競技にも、そしてみんなに大きな「拍手」が、会場をいっぱいにして、楽しい思い出いっぱいの運動会にしたいですね。
 そして誰に対しても認めたら、拍手。頑張っていることにも拍手。努力していることにも拍手。手と手を合わせ、手と手を取り合い、私たちも子育てを頑張りましょう。