園長からのメッセージ(2009年度・2月号) 園長からのメッセージ(2013年度・7月号)

同じ釜の飯で育った仲間と「雑魚」

 土曜日の朝、四時からそわそわしているのがわかった。羽田より始発の飛行機で福岡の講演、大勢の園長先生、主任の真剣な表情が浮かんでくる。三時間という長いようで短かいような時間を頂いた。私の「そわそわ」はそれだけではない。約四十年ぶりにかつて同じ釜の飯で育った仲間の誰かに会えるかも、そうした密かな期待感からでした。空港にはその一人が迎えに来てくれた。小学校から大学までずっと同じ学校で学び修業した一つ下の後輩。講演を依頼してきた団体の長として自らの出迎えに感激です。本当に真面目でいつも優しいほっとさせる穏やかさ、何事にもひたむきに努力する姿はいつも慕われていた私を尊敬のまなざしにさせた一人です。会場に到着するなり隣のコンビニから出てきた一人の仲間、風貌は体型も頭髪も全く予想もできないほど変わった姿ではあってもすぐわかりました。一つ上の先輩、いつもにこにこと語りかけこんな最高の人柄の方はいない、とも思った仲間。先ほどの後輩を支えるなくてはならぬ存在のようです。
 会場に入るなりあったかい雰囲気の拍手、いきなり私の仕草に笑いを入れてくれる語りかけるには最高の方々でした。約五十園からの園長先生、主任、そして次期園長先生になろうという責任ある集まりに、緊張感より何かを伝えようとする熱いものが湧き出てしまいました。三時間は、えっ、もう時間となり、質問と終えてからは何人にも囲まれてもう五時でした。企画したスタッフとの時間もなぜか「仲間」、そんな時間でした。教職員の育ち、特別支援の関わり、幼児教育への情熱の維持、子どもにとっての本当の幸せと楽しさとは・・・、この日の丸一日はそうした共通の思いを共有した仲間でした。最後に待っていた女性の園長先生が、「澄人さんですよね」、なんと同じ村のいくつか下のかわいらしい印象を思い出した親戚の女の子でした。聖クララ幼稚園の園長先生になってたようです。じっとこちらを見て聞き入ってた姿は目立っていました。五十年ぶりかも。
 さてさて[同じ釜の飯で育った仲間と雑魚]、本題に触れる前に一人の登場です。講演の後の夕食、「雑魚屋」という魚が美味しいというお店に待っていました。彼は地元の有名大学にお勤めでした。生まれから大学まで常にライバルでした。同じ年の仲間が出迎えての久しぶりの「同じ釜の飯」の食事会です。余りいやほとんど美味しい本当のお魚のお刺身を食べさせようとそのお店を選んだようです。最高でした。どんな高級魚も、どんな調理も、どんなシェフが調理しようと、その「雑魚」のお刺身の美味しさが最高でした。人生初めての体験の「食」の贅沢そのものでした。読んで字のごとく「雑魚」です。味、新鮮さ、食感、生き生き感、元気が湧き出るような力をこの「雑魚」という鮮魚が私たちを大歓迎してくれました。雑草、雑魚、俗にいうその意味の響きとは裏腹に最高の素晴らしいもの(者)に出会いました。感謝です。あっ、最終便の時刻が、けど仲間は最後の最後まで一緒にいたかったのです。一分一秒でも長く、駅前、一・二分で飛び乗り飛行機も寸前に飛び乗り、電車の切符も買ってあり最後の刺身を口にするや、「さあ走れ」と送り出してくれました。はあはあしながら飛行機に乗り込んでの涙と感激はこれからのまだまだの人生の十分すぎる力になりました。ごめん、教職員へのお土産を買う時間は一秒も取れなくて、帰ってからケーキ、にこにこ。
 「同じ釜の飯」、この四人とも本当に一緒に同じ屋根で修行と学業に専念した仲間、雑魚でした。